生徒の音楽的自立をめざすレッスン

江口寿子

第1回


☆ひかない……
 

 「こんにちは!」
 ユリちゃんのお母さんが、レッスン室のドアを開けました。
 「ユリちゃん。こんにちは!」
 先生も笑顔で迎えました。でも、ユリちゃんの姿は見えません。
 「さあ、レッスンをはじめましょう!」
 「はい!」
 先生の声に応えたのは、ユリちゃんではなくお母さんでした。お母さんはレッスンバッグから急いで楽譜をとり出し、サッサと宿題のページを開くと、先生にわたしました。
 先生は受けとり、ピアノの楽譜立てに置きました。レッスンの準備は、流れ作業でアッという間にできあがりました。
 ユリちゃんは…… と見れば、まだお母さんのうしろに隠れていて、姿が見えません。先生は軽々とユリちゃんを抱きあげて、ピアノの椅子に座らせました。
 「さあ、弾いてちょうだい!」
 ユリちゃんがいいました。
 「いやだ……」
 「そんなこといわないで……」
 いったい誰のためのレッスンなのでしょうか。ユリちゃんがおみこし≠ナ、先生とお母さんが一生懸命かついでいるようなレッスンです。いくらユリちゃんが三歳で小さいからといっても、このレッスンはまちがっています。
 レッスンを自分のためのものだと受けとめる心がなければ、自立などは望むべくもありません。

☆楽譜を開く

 マキちゃんが、レッスンバッグの中から、楽譜をとり出しています。マキちゃんも、ユリちゃんと同じ三歳です。
 三歳のマキちゃんが小さな手で大きな楽譜を引っぱり出すのですから、時間もかかるし、見ていていじらしい姿です。
 「だ〜せた!」
 ピアノの椅子によじのぼると、マキちゃんは楽譜をピアノの楽譜立てに置きました。そして、ペラペラとページをめくっていきます。
 あるページまでくると、ニッコリ笑いました。そのページは、きょうマキちゃんがレッスンする曲のページでした。
 「あった!」
 もちろん、先生もお母さんもほんとうは手伝ってあげたいのです。でも、二人はマキちゃんの自立のために、じっとがまんして笑顔で見まもっているのです。
 練習するページを自分で開くことができなければ、マキちゃんはお家で、自分一人で練習することができません。
 マキちゃんはヨチヨチ歩きながら、自立への道を歩きはじめています。


●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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