お母さんの心と向きあう

江口寿子

第9回


◆わが子に体罰を与える。


◆わが子に体罰を与える。

 ユウヤくんは五歳です。ユウヤくんの先生は、いまとても困っています。なぜなら、ユウヤくんが、先生のいうことをまったくきかないからです。
 ある日のグループレッスンのときのことです。
 四人のお友だちは、机の前に座って、ネコの絵に色をぬっています。思い思いの色のクレヨンをもって、何やら楽しそうです。
 ところがユウヤくんだけは、レッスン室の中を、グルグル走り回っています。 見かねた先生が、やさしく注意しました。
「ユウヤくん。走らないでね。お友だちみたいに、お机の前に座りましょうね」
 ユウヤくんは、まるで先生の声などきこえないかのように、走り回るのをやめません。
 先生の声が、さっきより少し大きくなりました。
「ユウヤくん。走ってはいけません。座ってちょうだい!」
 こんどの先生の声も、ユウヤくんは無視しました。ニヤニヤ笑いながら、走りつづけています。笑っているのは、先生の声がきこえている証拠です。
 先生は、こんどはとても大きな声で叱りました。
「ユウヤくん。走っちゃダメ! 座りなさい!」
 楽しそうに色をぬっていた四人のお友だちの手が、ビクッととまりました。
 いつもはやさしい先生が、大きな声を出したので驚いたのです。
 でも、ユウヤくんだけは驚きません。あいかわらずニヤニヤ笑いながら、走っています。
 そのときです。レッスン室の後方の席で見ていたユウヤくんのお母さんが、ツカツカと近づいてきました。
 そして、スルリと逃げようとしたユウヤくんの襟首を、すばやくつかまえて引き寄せました。
 ユウヤくんの顔からニヤニヤが消え、恐怖の色が浮かびました。
 つぎの瞬間、ピシャン、ピシャン、ピシャン、ピシャンと頬を何度も強く叩く音と、「ごめんなさ〜い、ごめんなさ〜い」と泣き叫ぶユウヤくんの声が、レッスン室中に響きわたりました。
 叩き終わるとお母さんは、何事もなかったかのように、もとの席にもどられました。慣れている感じです。
 ユウヤくんも、涙を手の平でぬぐいながら机の前に座り、何事もなかったかのように、ネコの絵に色をぬりはじめました。こちらも、慣れている感じです。 
 ユウヤくんのお母さんは、いつもこんなふうに体罰をつかって、ユウヤくんを躾けているのだと思います。
 体罰で躾けられている子どもは、お母さんがいくら隠していても、先生にはすぐわかります。



●江口寿子(えぐち・かずこ)

 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書

 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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