お母さんの心と向きあう

江口寿子

第7回


◆わが子をよその子と比べる。


  前号で、わが子をけっして褒めないタカシくんのお母さんのお話をしました。
  なぜ、タカシくんのお母さんは、タカシくんのことを褒めないのでしょうか。
  それは、タカシくんのお母さんは、いつもよその子とタカシくんを比べているからです。
  お母さんの心の中は、「よその子に負けないでほしい。よその子より上手になってほしい」という欲で、いっぱいになっているのです。
  そのため、タカシくんのがんばりでは満足できません。タカシくんががんばれば、もっとがんばらせたくなります。
  タカシくんのお母さんだけではありません。多くのお母さんに、同じような傾向が見られます。
  なぜなら、お母さんはわが子を愛しているからです。愛しているから、わが子は誰にも負けてほしくないのです。
  一番になって、「ああ、やっぱり私の子はすばらしいんだわ!」と思いたいのです。そして、ほかの子より、もっと幸せな道へ進んでほしいのです。
  ユキちゃんのお母さんは、タカシくんのお母さんより重症です。ユキちゃんもタカシくんと同じ一年生です。
  ユキちゃんのお母さんは、ユキちゃんがどんな演奏をしたかより、「誰に勝ったか」「誰に負けたか」のほうに、ずっと強い関心があります。
  ユキちゃんが誰かに勝てば、お母さんは心の中で拍手していることでしょう。
  負けたときにはたいへんです。ユキちゃんの前で、口を極めて罵倒します。私の制止など、まったく無視されます。
  不安そうだったユキちゃんの顔が悲しげに歪み、泣き顔にかわり、ついには大粒の涙がポトポトとこぼれ落ちます。
  そのようすを見ながらも、お母さんの勢いは止まりません。悪口は、まるで大洪水のような勢いで溢れつづけます。
  タカシくんのお母さんも、ユキちゃんのお母さんも、自分のわが子への接し方が与える悪い影響については、あまり気にしておられません。うすうす気がついていても、自分の欲を抑えられないでいます。
  いうまでもなく、子どもは個性をもって生まれてきています。お母さんが産んでも、お母さんとはちがいます。
  ましてや、ほかの子どもとはまったく異なりますから、比べてはいけないし、比べられるものではありません。
  つねにほかの子どもと比べて、「もっと、もっと」と欲を出して、褒めないで育てていると、その子どもは将来、どうなるでしょうか。
  何事に対しても自信がなく、むずかしいことに挑戦する意欲のない、無気力なおとなになります。
  お母さんは、そんな人になってほしいとねがって、わが子を育てているのでしょうか。そうではないはずです。



●江口寿子(えぐち・かずこ)

 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書

 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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