お母さんの心と向きあう
江口寿子
第20回
◆わが子に育てられる。
「子育ては人生の一大事業でたいへんだ」という言葉に、共感する人は多いと思います。
わが家にも、娘が産んだ二人の孫がいます。
最近はようやくききわけがよくなってきましたが、一時期は母親の奪い合いでたいへんでした。いまは、きょうだい喧嘩を華々しくくりひろげています。
誰でもみんなこの道を通っておとなになったのですから、いつの時代も、育てる親の苦労はさぞかし…… と思います。
しかし、娘の子育てを四年間、冷静に観察してきて、娘のいくつかの変化に気がつきます。
どちらかというとおっとり型だった娘が、細かなことにも気がつき、何事も手早くできるようになりました。
自分が決めた予定を守って暮らすのを信条としていた娘が、子どもたちの生活時間に合わせて暮らすようになり、予定が崩れても、辛抱強く待つことができるようになりました。
以前は自分の考えを主張しつづける娘でしたが、人の話をよくきくようになりました。そのせいか、物事に対する考え方の幅が広がったように思います。
ときにはストレートに強い言葉を吐く娘でしたが、子どもたちにいいきかせている言葉には、別人のような優しさと温かさが流れています。
独身時代、時間が足りないことを嘆いていた娘が、子どもたちがおとなしく遊んでいたり、眠っている僅かな時間をつなぎ合わせながら、愚痴もこぼさず、懸命に自分の研究をつづけています。
体も腕も細くて非力を自認していた娘が、ある日、疲れて歩かなくなった十四キロと十二キロの二人の子どもを両手に抱っこして、フーフーいいながら外出から帰ってきました。いつの間にかついた娘の腕の太い筋肉を、私は思わず見つめてしまいました。
娘を見ていて、また、たくさんのお母さんたちを見ていて、子育ては《おとなの学校》だ、とつくづく思います。子どもが先生で、おとなが生徒です。
おとなが子どもたちから、たくさんのことを教えられ、鍛えられ、子どもに育てられる学校です。そして、たくさんの楽しみやよろこびや希望を与えられる学校です。
事実、娘は《おとなの学校》に入学してから、優しくて柔らかな、円やかでゆとりのある、逞しくて強い、しなやかで粘りのある、以前より上等な人間になれたような気がします。
子どもを産んだだけでは、お母さんにはなれません。《おとなの学校》で学んではじめて、ほんとうのお母さんになれるのです。
先生も同じです。先生も《おとなの学校》で学んで、生徒に育てられてはじめて、ほんとうの先生になれるのです。
(完)
●江口寿子(えぐち・かずこ)
国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。
●著書
「おんぷの学校」
「ピアノの学校」
「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
「イメージ聴音ワークブック」
「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。
●一音会ホームページアドレス
http://www.ichionkai.co.jp/ |