お母さんの心と向きあう

江口寿子

第19回


◆ピアノが弾けるお母さん。


 不思議なことに、お母さんがピアノの先生だったり、ピアノがよく弾けるお母さんの場合、お子さんのおけいこは、たいていうまくいきません。
 家で毎日、お母さんに教えてもらうことができたら、こんなに好都合なことはないように思えますが、たいてい、長つづきしないでやめてしまいます。
 理由は、二つあります。
 一つめの理由は、お母さんが口や手を出すからです。
 お母さんがピアノが弾けると、子どものかわりに音符やリズムを読んだり、練習の方法を命じたくなります。
 中には、練習のあいだずっと横に座って、練習を手伝うお母さんまでいます。
 お母さんが練習を手伝えば、自力で練習する子どもと比べて、早くむずかしい曲が弾けるようになるのは当然です。
 でも、これでは、わが子の体重を早く増やしたいあまり、お母さんがわが子といっしょに体重計の上にのっているのと同じです。
 体重計の針は重い目盛りの数字を指しても、子どもの体重が増えているわけではありません。
 ピアノの場合も同じで、進歩しているように見えても、子どもの実力が伸びているわけではありません。見せかけの、偽物の力でしかありません。
 むしろ、お母さんが手伝うことによって、本来なら身につく力がつかないばかりか、ピアノに取り組む意欲までしぼませてしまいます。
 二つめの理由は、お母さんに欲や見栄が出るからです。
 ピアノが弾けるお母さんは、自分の好きなピアノをわが子にも好きになってほしい、上手になってほしい、というねがいがあります。そのねがいが、子どもにはプレッシャーとなります。
 特にピアノの先生の場合は、親にも子どもにもプレッシャーがかかります。
「先生のお子さんはさぞかしお上手にちがいない」という、理不尽な期待の目にさらされるからです。
 ピアノの先生の子どもでも、一年生は一年生でしかありません。ふつうの子どもと、どこもちがいはないのです。
 でも、先生であるお母さんは、期待の目に応えようと、わが子に鞭打ちます。子どもが逃げ出すのは当然です。
 ピアノが弾けるお母さんは、わが子に、ピアノが上手になってほしいとねがわず、好きになってほしいとねがってください。
 お母さんが欲や見栄を捨てて、わが子とともにピアノを楽しむ気持ちになったとき、子どももプレッシャーから解放されて、ピアノが楽しくなるはずです。
 それでももしわが子が、ピアノよりももっと自分のやりたいことを見つけたときには、その意志を尊重するよう、先生はお母さんにアドバイスしてください。


●江口寿子(えぐち・かずこ)

 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書

 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



第20回へ

バックナンバー “index”へ

Topへ