お母さんの心と向きあう
江口寿子
第18回
◆ルーズなお母さん。
私の経験では、時間にルーズな人は、ほかのことについてもルーズです。
約束を平気ですっぽかす、借りた物を返さない。お金についてもルーズで、人から簡単にお金を借り、いつまでも返さない……。
さらに困るのは、ルーズな人は、自分が悪いのにその自覚がほとんどなく、他人のせいにすることです。
生徒さんのお母さんの中にも、ルーズな人がおられます。一番多いのは、レッスン時間に遅れてくるお母さんです。
口に出して注意しにくいものですが、放っておくと、ほかの生徒さんに迷惑をかけることになります。
クニコちゃんのお母さんも、時間にルーズなお母さんの一人で、ナカムラ先生をいつも困らせています。
きょうもまた、三十分間のレッスンなのに、二十分間も遅刻してきました。
先生は、つぎの生徒さんを気にしながら、五分間延長してレッスンを終わろうとしました。すると、クニコちゃんのお母さんが、怒り出しました。
「ナカムラ先生。クニコが一生懸命、練習してきた曲を、どうして見てくださらないんですか? これではクニコが可哀相です! ぜんぶ見てください!」
先生は、お母さんに説明しました。
つぎの生徒さんが、時間どおりにきて待っていること。レッスンは五分間くらいの延長しかできないこと。二十分間も遅刻してくると、宿題の曲をぜんぶ見れないこと。このまま遅刻がつづくと、クニコちゃんが可哀相だということ……。
お母さんは、こう反論されました。
「私だって、遅刻したくて遅刻しているわけではないんです。出ようとすると電話がかかってきたり、道でご近所の方につかまったり……。理由があって、遅刻すること
になってしまうのです!」
お母さんの遅刻の理由は、理由になっていません。いまは急いでいるからと、いくらでも断ることができる理由です。
でもお母さんは、電話や近所の人が悪いと、本気で思っておられるようです。 私は、ナカムラ先生にかわって、お母さんに提案しました。
「いまより三十分、レッスン開始を遅くしたらいかがでしょうか?」
案の定、わざわざ三十分時間を遅くしたのに、二十分間も遅刻してきました。
私は、こんどはクニコちゃんに提案しました。
「クニコちゃん。ナカムラ先生に一番見てもらいたい曲、二番めに見てもらいたい曲っていうふうに、先生に見てもらいたい曲の順番を決めてきてちょうだい。クニコちゃんのレッスン時間の中で、できるだけたくさん見てもらうから……」
つぎの週、クニコちゃんは、遅刻しないでレッスンにきました。遅刻すると自分が損をすることに、お母さんがやっと気がつかれたからです。
●江口寿子(えぐち・かずこ)
国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。
●著書
「おんぷの学校」
「ピアノの学校」
「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
「イメージ聴音ワークブック」
「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。
●一音会ホームページアドレス
http://www.ichionkai.co.jp/ |