お母さんの心と向きあう

江口寿子

第17回


◆わが子を信じない。


 昔から、おとなの社会には、《嘘も方便》という言葉があります。
 でも、嘘をつくことは、特別な場合をのぞいては悪いことですし、《嘘をついてはいけないこと》を教えるのは、子どもの躾の中でも大切な躾だと思います。
 モモコちゃんは、ときどき嘘をつきます。ある日のグループレッスンで、お友だちに、嘘を見破られてしまいました。
 その日からグループのみんなに、《嘘つきモモちゃん》という烙印を押され、きらわれはじめました。
 モモコちゃんは、なぜ嘘をつくのだろう。このまま仲間はずれにされたらどうしよう。先生は、心を痛めていました。
 そんなある日、先生はスクールの廊下の隅で交わされていたモモコちゃんとお母さんの会話を、たまたまきくことになりました。
「ほんとだよ……」
「嘘つきなさい!」
「だって、ほんとなんだもん……」
「嘘ばっかり! お母さんはだまされませんよ!」
「ほんとに、ほんとなんだもん……」
「いいかげんにしなさい! モモコは、なぜいつも嘘ばっかりつくの? ほんとにあなたは、嘘つきなんだから!」
「嘘なんて、ついてないもん……」
 モモコちゃんの声が、だんだん涙声にかわってきました。
 先生は、このまま放っておけない気持ちにかられて、モモコちゃんとお母さんに声をかけました。
「モモコちゃん、どうしたの? お母さま、どうなさいましたか?」
 お母さんが、モモコちゃんを睨みながらいいました。
「この子が、嘘をつくんです。選ばれてコンサートに出るなんて……」
 先生は、モモコちゃんの肩をやさしく叩きながら、笑顔でいいました。
「ほんとよね、モモちゃん! おめでとう! コンサートの日まで、がんばっておけいこしてね!」 
 先生の言葉で、お母さんの表情が、はじめてゆるみました。お母さんは、わが子の真剣で懸命な言葉を、まったく信じていなかったのです。
 先生は、モモコちゃんがときどき嘘をつく原因が、この日、はっきりわかりました。お母さんが、モモコちゃんを信じてあげないことが原因です。
 お母さんに信じてもらえないと、「どうせお母さんは嘘だと思うだろう。よ〜し、また嘘をついてやれ」と、平気で嘘をつく子どもになります。
 もし子どもが嘘をついたとき、お母さんがその嘘に気がつきながらも、その嘘を信じてあげたとします。子どもの心の中に生まれるのは、「二度と嘘をつくのはやめよう」という大きな後悔です。
 お母さんが子どもを信じてあげることは、正直な子どもをつくっていきます。


●江口寿子(えぐち・かずこ)

 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書

 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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