お母さんの心と向きあう

江口寿子

第11回


◆わが子を愛したい。


 お母さんという人は、わが子を強く愛しています。おそらく、自分を愛するよりずっと強く、わが子を愛しています。わが子のためなら、自分の命さえも投げ出すことができる人です。
  実際、火の中にとり残されたわが子を助けるために、猛火の中に飛び込んで命を落としたお母さんがいます。
  また、溺れたわが子を助けるために、激流に飛び込んで命を落としたお母さんもいます。
  わが子の命をまもりたいという母性本能が、無意識にお母さんの身体を動かし、わが身をかえりみず、危険で勝ち目のない行動をもとらせてしまうのです。
  お母さんとは、ほんとうにありがたい存在です。
  では、お母さんなら、誰でもそうなのでしょうか。
  実は少数ですが、わが子を愛することができないことに悩んでいるお母さんがいます。そして、そういうお母さんが、年々、増えてきています。
  わが子を愛せないと悩んでいるお母さんはむしろ、普通のお母さんより、愛情深いお母さんのように見えます。
  でも、お母さん自身は、心の中で、誰にも打ち明けられずに、深く悩んでいます。痛々しいほどです。
  なぜ悩んでいるかというと、わが子を愛せないことに罪悪感をもっていて、自分自身を責めつづけているからです。
  あるとき、そんなお母さんから相談を受けました。
  その日まで、そのお母さんは、やさしくて理知的なお母さんとして、私の目には映っていました。お子さんの躾も、しっかりされていました。
  ですから私は、そのお母さんから相談を受けたときには、ほんとうに驚きました。そんな悩みを抱えておられるとは、夢にも思っていなかったからです。
  お母さんは、ご自分の生い立ちを、お話しになられました。
  それによると、お母さんご自身が、自分のお母さんに愛されていると感じることがないまま育った、というのです。
  拝啓には複雑な家庭の事情があり、寂しい少女時代をすごされたようでした。
  話しているうちに当時のことを思い出されたのか、お母さんの声は涙声になりました。
  最後にお母さんは、私にこんなふうに質問してきました。
「どうしたら、ふつうのお母さんのように、子どもを愛せるようになるのでしょうか? 子どもを愛したいのです」
  私はお母さんに、こう答えました。
「お母さんは、いまでも十分にお子さんを愛していらっしゃいますよ。ただ、愛することに自信がないだけなのです。ほんとうは愛しているのに、愛していることに気がついていないだけなのです。いまのままのお母さんでいいのです」
 


●江口寿子(えぐち・かずこ)

 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書

 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社) 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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