子どもの心を見つめて

江口寿子

              
第9回


◆厳しすぎるとウソをつかせる。

 ヤマダ先生はある日、二年生のミチコちゃんの「レッスンノート」を開いて、ハッとしました。「レッスンノート」とは、レッスンのようすを記録するためのノートです。
 先生はその日、先週のレッスンのときに書いた宿題の曲名が、消しゴムで消されているのを見つけてしまったのです。
 その文字は、ていねいに消されてはいましたが、筆圧が強かったので、文字の跡がへこんで残っていました。その文字のへこみが、光線の加減で、偶然、見えてしまったのです。
 先生はとてもショックでしたが、気がつかないふりをして、いつものように、笑顔でレッスンをはじめました。
「さあ、レッスンをはじめましょう。きょうの宿題の曲は……」
 ミチコちゃんが、黙ってあるページを開きました。でも、その曲はたしか、先週のレッスンで合格した曲です。
「あら? この曲、このまえ、お丸になったんじゃなかった?」
 ミチコちゃんが、しょんぼりコックリしました。
 先生は、明るくいいました。
「そうね。きょうも、この曲、弾いてみようね。このめより、う〜んとじょうずに弾いちゃおうか!」
「うん!」
 先生は、先週よりむずかしい要求をだしました。メロディーのまとまりを表現すること、メロディーをうたうように弾くこと、メロディーによって歌い方をかえること、伴奏の音がメロディーをじゃましないように弾くこと……。
 先生は、驚きました。先生の要求に、しっかりついてくるのです。ミチコちゃんの中に、こんな力が埋もれていたことに、これまで気がつきませんでした。ミチコちゃんの表情も、これまでにないほど、キラキラ輝いています。
 そこで、先生は、さっきからずっと気になっていたことを、ミチコちゃんにきいてみることにしました。
「ミチコちゃん。レッスンノート、お母さんに見せるの?」
「だって、帰るとすぐ、ママが勝手に見ちゃうんだもん……」
「お母さん、何かおっしゃる?」
「うん。ガミガミガミガミガミガミ」
「ガミガミ、何ておっしゃるの?」
「宿題の曲は一回で丸になれ! 一回で丸にならないのは、練習が足りないからだ! ママ、うるさいから大キライ!」
 それで、ミチコちゃんは、新しい宿題の曲名を消してしまったのでしょう。
 ミチコちゃんのお母さんは、とても教育熱心な方です。お母さんの表情でまっ先に思いだすのは、眉間に皺をよせて、ミチコちゃんを叱っている表情です。
 愛情ゆえの厳しさであっても、厳しすぎることは、子どもにウソをつかせることになります。

●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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