子どもの心を見つめて

江口寿子

              
第7回


◆考えない子どもはおとながつくる。

 五歳のダイくんは、何でも速くできる子どもです。おとなにとってもは便利な子どもですが、自分の頭で考えない子どもでもあります。
 ある日のリトミックのレッスンでのことです。大きなゾウの絵に、色をぬることになりました。
 全音符を体が大きいゾウにたとえて、全音符の大きさや、重たさや、長さを実感させるのが目的です。
 リトミックのレッスンは、ダイくんとエマちゃんとユイちゃんの三人のグループです。
 エマちゃんとユイちゃんが何の色でぬろうか…… と悩んでいる中で、ダイくんの手は無造作に、パッと黒のクレヨンをつかみました。
 そして、ダイくんは、ゾウの絵を黒のクレヨンで乱暴にぬりはじめました。ぬっているというよりは、黒のクレヨンでいたずら描きをしているといったぬり方で、いっぱいぬり残しができました。
 ダイくんが、大きな声でいいました。
「先生。ぬれたよ!」
「あら、もうぬれちゃったの? ダイくんは、いつでも速いのね!」
 先生はそういうと、エマちゃんとユイちゃんに向かっていいました。
「じゃあ、ゾウさんの色ぬりは終わり。クレヨンと、本をしまってくださ〜い」
 エマちゃんは、灰色のクレヨンをつかって、ゾウの耳を少しぬりはじめたところでした。
 ユイちゃんは、ゾウをぬるクレヨンをやっと選んだところでした。ユイちゃんの手には、いっぱいいっぱい考えて選んだ、ピンクのクレヨンがしっかり握られていました。
「さあ、エマちゃんもユイちゃんも、速くクレヨンをしまってくださ〜い」
 エマちゃんとユイちゃんの顔が、悲しそうに歪みました。
 でも、先を急いでいる先生の目には、そんな二人の顔は入りません。レッスンをどんどん先に進めていきます。
「こんどは、音楽にあわせて、ボールを転がしましょう。箱の中から、自分の好きなボールをとってくださ〜い」
 ダイくんは、箱の中に手を入れると、手にさわったボールをつかみました。
「先生。ボールとったよ!」
「ダイくんは、何でも速いのね!」
 お母さんが、子どもに向かって一番多くいう言葉は、「速くしなさい」という言葉だそうです。速くできることは、そんなに大事なことなのでしょうか。
 いいえ。速くできることより、自分の頭でよく考えてやることのほうが、ほんとうはずっと大事なことのはずです。
 ダイくんだって、はじめからいまのような子どもではなかったはずです。
 速いけれど考えない子どもは、おとながつくっているのです。速く、速く、速く、速くとせき立てながら……。

●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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