子どもの心を見つめて
江口寿子
第6回
◆納得させながら進める。
四歳のヤスコちゃんは、何もやらない子どもです。
前号でお話ししたミキちゃんも、自信のないことには手を出さない、慎重でプライドの高い、四歳の子どもでした。
でも、ミキちゃんとヤスコちゃんとでは、やらないという結果においては同じですが、やらない理由はちがうのです。
ピアノの発表会が、近づいてきたある日、先生はヤスコちゃんに、おじぎ≠フ練習をさせたいと思いました。
「ヤスコちゃん。きょうはピアノを弾くまえに、おじぎ≠フおけいこをしましょうね!」
ニコニコしながらレッスン室に入ってきたのに、いつのまにか、ヤスコちゃんの顔から笑顔が消えています。
「発表会が近いので、緊張しているのかしら?」と、先生は思いました。
そこで先生は、ほかの子よりていねいに、“おじぎ”の動作を教えることにしました。
レッスン室の壁にむかって、ヤスコちゃんを立たせました。先生も、ヤスコちゃんの隣に立ちました。壁がお客さまのつもりです。
先生は、はじめにお手本を見せることにしました。
「じゃあ、これから、先生がやってみますから、よーく見ていてね。まず、壁に向かって、ピシッと立ちます。頭をさげながら、両手をお膝のまえにもってきます。目は自分のお靴を見ます。そのまま『一、二、三』って三つ数えたら、静かに頭をあげます。頭をあげたらお顔をまっすぐにして、壁をしっかり見ます。こうすると、じょうずに“おじぎ”ができます」
ヤスコちゃんはと見れば、先生の隣で石のように固まっています。
「じゃあ、ヤスコちゃんもやってみましょう!」
ヤスコちゃんは、首を横にふって、イヤイヤをしました。そして、そのあと先生が何回もお手本を見せたのに、とうとう最後までやりませんでした。
ヤスコちゃんは、なぜやらないのでしょうか? 先生が、こんなにていねいに教えたのに?
先生は、“おじぎ”の動作はていねいに教えましたが、一番大切なことを教えませんでした。何のために“おじぎ”をするのかという、“おじぎ”の目的を教えませんでした。
ヤスコちゃんは、納得できなかったのです。なぜ壁にむかって頭をさげ、靴を見ながら「一、二、三」と数えるのか。
小さな子どもだからといって、侮ってはいけません。おとながそうであるように、小さな子どもでも、納得できないと前には進めないのです。
そのかわり、納得できれば、小さな子どもとは思えないほど、がんばることもできるのです。
●江口寿子(えぐち・かずこ)
国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。
●著書
「おんぷの学校」
「ピアノの学校」
「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
「イメージ聴音ワークブック」
「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
他多数。
●一音会ホームページアドレス
http://www.ichionkai.co.jp/ |