子どもの心を見つめて
江口寿子
第5回
◆やらなければ待つ。
はじめてのレッスンの日から、元気にできる子どももいれば、何もやらない子どももいます。
四歳のミキちゃんは、何もやらない子どもでした。レッスン中は、お母さんのスカートのうしろに隠れています。
でも、先生は気づいていました。ときどきミキちゃんが片目をだして、レッスンのようすをジーッと見ていることを。
レッスンには参加しなくても、ミキちゃんは、お友だちがやっていることに、とても興味があるのです。ですから、先生は少しも心配しませんでした。
その頃、レッスンでは、発表会の準備がはじまっていました。発表会では、簡単なオペレッタを発表します。
先生のピアノにあわせて、歩いたり、走ったり、立ったり、しゃがんだりします。リズムを叩いたり、リズムにあわせて、動作をします。
どれもそれほどむずかしいことではありませんが、一つだけ、少しむずかしいことが含まれていました。それは、歌をうたいながら、踊ることでした。
実は、ミキちゃんは、その踊りがあるために、隠れているのです。先生は、そのことも、ちゃんと知っていました。
まず、先生が一人で、歌いながら踊って見せました。それを見る子どもたちの反応は、実にさまざまです。
見よう見まねで、いきなり先生といっしょにはじめる子。座ったまま、手だけまねして動かす子。じっとしたまま、目だけで先生の姿を追う子。先生を見ないで、先生を見ているお友だちのことを見ている子……。
まず、歌の練習がはじまりました。もちろん、すぐにじょうずにうたえる子どもなどいません。歌だけの練習が、何週間かつづきました。
歌がだいたいおぼえられたら、踊りの練習がはじまりました。毎週少しずつ、踊りの練習が進んでいきました。
でも、ミキちゃんは、あいかわらず隠れたままです。
二か月あまりが過ぎ、踊りがいよいよ仕上げの段階に入ったある日、ミキちゃんが、突然、お友だちの列に加わりました。そして、どのお友だちよりもじょうずに、踊りはじめたのです。
ミキちゃんのような子どもは、自信のないことには手をださない、慎重でプライドの高い子どもです。頭の構造が複雑な、お利口さんです。
でも、おとなにとっては、かなり扱いにくい子どもです。「する」「しない」の基準がその子自身の中にあるので、大人の脅しも煽てもききません。無理にやらせようとしないで、はじめてのうちは時がくるのを待つしかありません。
自分のできることが増えたり、成功の経験を積み重ねれば、やがて、むずかしいことにも、自分からすすんで挑戦できるようになります。心配はいりません。
●江口寿子(えぐち・かずこ)
国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。
●著書
「おんぷの学校」
「ピアノの学校」
「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
「イメージ聴音ワークブック」
「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
他多数。
●一音会ホームページアドレス
http://www.ichionkai.co.jp/ |