子どもの心を見つめて

江口寿子

第4回


◆「拒否」には、一度離れる。

 小さい子どもが一番好きなのは、お母さんです。生まれたときから、おっぱいを飲ませてもらい、ずっと世話をしてもらってきた人ですから、子どもにとって一番身近で、これほど安心して頼れる人はいないはずです。
 お母さんのほうから見ても、文字どおり自分の血肉を分けた存在であり、自分の命よりも大切な存在です。生きているかぎり、無償の愛情を注ぎつづけることのできる対象です。
 ところが、そんな母子の関係がうまくいかないケースがふえています。ユリカちゃんは一年生ですが、そんな子どもの一人です。
 ユリカちゃんがピアノレッスンをはじめたのは、四歳になったときでした。
 ユリカちゃんは、無口でおとなしい子どもでした。先生が話しかけると、コックリしたり、首を横に振って答えるくらいで、ほとんど声をだしません。
 そのかわり、ユリカちゃんのお母さんが、後ろの席からテキパキと答えてくださいます。先生とユリカちゃんの会話のはずが、いつも先生とお母さんの会話になってしまうのです。
 それに、ユリカちゃんはレッスン中、ピアノを弾いていてまちがえたり、先生に何か注意されたり、曲が合格しなかったとき、かならずお母さんの顔を、チラチラと盗み見します。
 先生はお母さんに、「ピアノのことはユリカちゃんにまかせてください」とおねがいしました。
 ユリカちゃんが五歳になった頃から、無口でおとなしいユリカちゃんに、変化が起きはじめました。お母さんが何か命じると、きこえないふりをしたり、わざと反対のことをするようになりました。
 先生はお母さんに、「ピアノについては口をださないでください」と、もう一度おねがいしました。
 そしていま、ユリカちゃんは一年生です。ユリカちゃんは、レッスン室のドアの鍵を内側からかけて、お母さんを部屋の中に入れようとしません。お母さんはとうとう入室をあきらめました。
 一人になったユリカちゃんは、人がかわったかのように、のびのびしています。何でも先生に話してくれるし、ひょうきんで先生を笑わしてくれます。ほんとうのユリカちゃんは、おとなしくもないし、無口でもなかったのです。
 お母さんを拒否する子どもは、お母さんに支配されつづけてきた子どもです。
 このような場合は、一度お母さんに、こどもから離れていただきましょう。
 そうすれば、時間はかかっても、お母さんを拒否する関係は、やがて自然な関係に修復されます。

●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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