子どもの心を見つめて

江口寿子

第3回

◆離すにはくっつける。

 ミユちゃんは三歳半です。核家族で、ふだんお母さん以外の人と接する機会の少ない子どもは、どうしてもお母さんとべったりになりがちです。
 ミユちゃんも、そんな子どもの一人でした。お母さんから離れて、レッスンを受けることができません。
 グループレッスンのとき、ミユちゃんと同じ歳の子どもたちが、お母さんから離れて元気にレッスンに参加している姿を見ると、ミユちゃんのお母さんは気がきではありません。
 そこで、ミユちゃんを自分から離すために、お母さんは心を鬼にして、いくつかの試みをしました。
 たとえば、ミユちゃんを抱っこして、お友だちの輪の中にポンと置くと、自分だけお母さん用の席にもどりました。
 ミユちゃんは、あわててお母さんのあとを追いました。そして、お母さんの膝によじのぼって、いつもより強くお母さんの胸にしがみつきました。
 あるときは、ミユちゃんだけを部屋の中に入れ、自分は部屋の外に出て、ピシャッと扉を閉めてしまいました。
 ミユちゃんは、火がついたように泣きながら、扉を開けようとしました。が、なぜか扉は開きません。お母さんが、外から扉をおさえていたからです。お母さんの目にも、涙が光っていました。
 先生は、お母さんにいいました。
「無理に離そうとしないで、しっかり抱っこしてあげてください。ミユちゃんのほうから自然に離れるときがくるまで、ゆっくり待ってあげましょう」
 先生の言葉に、お母さんはホッとしました。その日から、ミユちゃんは先生公認のもとに、お母さんのお膝の上から、レッスンを見ることになりました。
 ある日、先生がふと気がつくと、ミユちゃんがお母さんのお膝からおりて、お膝によりかかりながら、レッスンを見ていました。
 それからしばらくたったある日、先生がふと気がつくと、ミユちゃんがお母さんから少し離れた位置に立って、レッスンを見ていました。
 その日をさかいに、ミユちゃんの立つ位置は、お母さんから少しずつ離れて、そのぶん、お友達の輪の方に少しずつ近づいてきました。
 そしてとうとう、ミユちゃんがお友だちの輪の中に入れる日がきました。
 その日、先生が絵本を見せていると、お友だちの輪のすぐそばにミユちゃんが立って、絵本を見ているではありませんか。先生は、ミユちゃんをソッと、お友だちの輪のあいだにすわらせました。
 お母さんから離れない子どもを、無理に離そうとするのは逆効果です。離すためには、その前に、お母さんとしっかりくっつけることが必要です。

●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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