子どもの心を見つめて
江口寿子
第13回
◆乱暴に接すると乱暴な子になる。
テツヤくんは、とても乱暴な子どもです。まだ四歳なのに、グループレッスンでいっしょの五人のお友だちから、とても恐れられています。
テツヤくんはレッスン中、突然、お友だちを蹴とばしたり、殴ったり、突き倒したりします。暴力をふるわれたお友だちは泣き、レッスンはメチャクチャになります。
ところが、テツヤくんは平気な顔で、泣いているお友だちを指さして、ニヤニヤ笑っていることさえあります。罪悪感が、まったくありません。
たかが子どもの暴力といっても、けっして許されるものではありません。タケダ先生は、テツヤくんの暴力を未然に防ぐために必死です。
でも、何も理由がないのに突然はじまるので、なかなか未然に防げません。お友だちのお母さんも防ごうとしますが、ほとんど間にあいません。
いったいテツヤくんのお母さんは…… と見ると、怖い顔をして睨みつけています。テツヤくんはお母さんと目があった瞬間、怯えるような表情を見せます。
実は、テツヤくんのお母さんは、黙って座っているだけで怖そうな雰囲気が漂っている方で、テツヤくんならずとも、できれば目を合わせたくない方です。
きょうのレッスンも、テツヤくんの暴力がきっかけで、崩れてしまいました。ここのところ数週間、同じようなレッスンがくり返されてきました。
タケダ先生はきょう、ついに結論をだしました。
「もし、テツヤくんをほかのグループに移したとしても、きっとそこでもまた、いまのような状態を引き起こすにちがいない。ほんとうはお友だちが好きなテツヤくんだけれど、これからは一人でリトミックをしてもらうしかないわ……」
そのとき廊下から、「ギャー!」という大きな悲鳴があがりました。先生が慌てて廊下にとびだして見たものは、テツヤくんのお母さんが、テツヤくんに激しく暴力をふるう姿でした。
お母さんは、楽譜の入ったカバンでテツヤくんの頭を殴りつけ、スリッパをはいた足でテツヤくんのお尻や足を蹴りあげ、テツヤくんのほっぺをつねりあげ、髪の毛をつかんで引きずり回しました。
テツヤくんのお母さんは、誰もとめる間がないほどの素早さで、みんなの目の前でこれだけの暴力をふるったのです。
「テツヤくんはいつもお母さんから暴力をふるわれているので、お友だちに対してついつい暴力をふるってしまうのだ」と、先生は気がつきました。テツヤくんにとって暴力は、とんでもないコミュニケーションの方法になっていたのです。
ヤマダ先生は、生傷の絶え間ないテツヤくんのことが急に心配になり、テツヤくんの住所の近くの市役所に、「子ども虐待の恐れあり」との連絡をしました。
●江口寿子(えぐち・かずこ)
国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。
●著書
「おんぷの学校」
「ピアノの学校」
「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
「イメージ聴音ワークブック」
「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
他多数。
●一音会ホームページアドレス
http://www.ichionkai.co.jp/ |