子どもの心を見つめて

江口寿子

              
第11回


◆口うるさいと話をきかなくなる。

 カズキくんは、いま一年生です。どちらかというとおとなしい子どもで、いつもニコニコしています。
 リトミックのグループレッスンは六人のお友だちといっしょですが、グループの調和を乱したことなど、これまで一度もありません。
 でも、イトウ先生は、そんなよい子のカズキくんのことが、ときどき気になるのです。それは、カズキくんが、先生の話をほとんどきいていないからです。
 きょうのリトミックでは、先生のピアノにあわせて歩く練習です。先生が弾く音符にあわせて歩いていて、弾く音符がかわったら、歩き方も音符にあわせてかえるという練習です。
 途中、先生がピアノで高い合図の音を弾いたら、歩く方向を反対方向にかえて歩きつづけます。低い合図の音を弾いたら、立ちどまって手で音符を叩きます。
 先生は、ゆっくり、ていねいに子どもたちに練習の内容を伝えました。子どもたちが、コックリうなずきました。これからやるべきことが、しっかりわかったようすです。
 先生がピアノを弾きはじめ、みんなが歩きはじめました。カズキくんも、お友だちといっしょに、四分音符で歩きはじめました。
 そのとき、先生のピアノが二分音符にかわりました。お友だちがすぐに歩き方をかえた中で、カズキくんだけは、四分音符のまま歩いています。
「カズキくん。音符がかわったわよ〜」
 しばらくして、ピアノの高い合図の音がきこえました。お友だちは歩く方向をかえたのに、カズキくんはそのまま歩こうとして、お友だちとぶつかりました。
 やっぱりきょうも、カズキくんは、先生の話をほとんどきいていなかったようです。きょうだけではありません。いつもカズキくんは、こんな調子なのです。
 なぜなのだろう…… と、先生は考えました。
 カズキくんのお母さんは、かなり心配性で、神経質な方です。のべつカズキくんに、細かな注意を与えています。
 先生が思い出すカズキくんとお母さんの姿は、お母さんが真剣な顔をして、カズキくんにいつも何かをいいきかせている姿です。スクールの門、玄関、待合室、廊下の隅、レッスン室の前……。お母さんの注意は、時間と場所を選びません。
 それに対してカズキくんは、ヘラヘラ笑っていて、真剣味がありません。そこで、ますますお母さんが口やかましくなる、という悪循環に陥っています。
 先生は思いました。カズキくんはお母さんから、一日中、口やかましく注意されているので、自己防衛本能がはたらいていて、無意識に人の話をきかないようになってしまったのではないか…… と。口やかましく注意することは、何も注意しないのと同じことになるのだ…… と。


●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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