子どもの心を見つめて

江口寿子

              
第10回


◆集中力のない子どもなどいない。

 マサヒロくんのお母さんは、いつも困っています。マサヒロくんが、落ち着きがなくて、飽きっぽくて、集中力がまったくない子どもだからです。
 マサヒロくんは小学校2年生ですが、学校からもらってくる通知表にも、「集中力がありません。何事についても、飽きずに最後までがんばりましょう」と、いつもいつも書かれるそうです。
 ある日のピアノのレッスンでのこと、マサヒロくんが、突然、ナカネ先生にたずねました。
「先生。人間の指って、五本しかないでしょ? ドレミファソラシドって弾くときは、どうやって弾くの? 指が足りなくなっちゃうよ」
「だいじょうぶ。頭のいい人が、ちゃんと考えてくれているのよ」
「へー、どうやって弾くの?」
「1の指を、こうやってくぐらせるの」
 先生はそういいながら、音階の上行形を右手で弾いて見せました。「ドレミ」を「123」の指で弾いたあと、「1」の指を「3」の指の下をくぐらせると、「ファ」を「1」の指で弾きました。そして、「ソラシド」を「2345」の指で弾きました。「ドレミファソラシド」の八個の音が、五本の指で弾けました。
 マサヒロくんは、すっかり気に入ったようです。何度も何度も、音階を弾いています。もう30回は弾きつづけているのに、まだまだやめそうにありません。
 先生は、レッスンの残り時間が気になりはじめました。でも、マサヒロくんの真剣な顔を見ているうちに、きょうのレッスンは、音階の弾き方だけで終わってもいいかな…… と、思いはじめていました。
 マサヒロくんが、また、ききました。
「先生。ドシラソファミレドは、どうやって弾くの?」
 先生は、覚悟をきめました。きょうのレッスンは、音階の弾き方だけで終わることを……。
 音階の下降形の弾き方を教えてもらったマサヒロくんは、夢中で弾きはじめました。下降形では、「3」の指が「1」の指の上をとびこして「ミ」を弾きますが、それがまた気に入ったようです。
 とうとう、マサヒロくんは、30分も音階を弾きつづけていました。自分のレッスン時間が終わって、つぎのレッスンのお友だちがドアを開けてのぞいているのに、ピアノからなかなか離れられません。最後は、中腰のまま弾いています。
 先生は、あらためて学びました。子どもは、自分が興味をもったことになら、驚くほどの集中力を発揮すること。子どもが集中力を発揮しないのは、おとながつまらないことを、つまらない教え方で教えようとするからだということ。子どもを責める前に、おとなが反省すべきだということ。集中力がない子どもなど、一人もいないのだということを……。


●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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