子どもの心を見つめて

江口寿子

第1回


◆百人、百とおり。

 果物屋さんの店先に、みかんがならんでいます。大きさもちがうし、色も微妙にちがいます。食べてみれば、一個ずつ味もちがうはずです。
 みかんでさえそうですから、人間の子どもであればなおさらのことです。二人として、同じ子どもなどいません。
 いまから、三歳の子どもたちのグループレッスンがはじまるところです。スタートして、二か月たちました。
 まもなく子どもたちが、お母さんといっしょに、レッスン室に入ってくるはずです。そのようす一つとってみても、子どもが一人ずつ、ちがう個性をもっていることがわかります。
 ケンくんは、つないでいたお母さんの手をふりはらいながら、レッスン室に駆け込んできました。そして、そのまま先生のところまで走っていくと、先生に大きな声でききました。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ。きょうは、なにやるの?」
 先生は笑顔で答えました。
「すご〜く、おもしろいことよ!」
 つぎに、ミホちゃんが、お母さんと手をつないで入ってきました。お母さんは部屋の真ん中までミホちゃんを連れて行くと、つないでいた手を放して、お母さん用の席にもどりました。
 ミホちゃんは、お母さんが立たせた場所に、銅像のように固まったままです。
 先生が、ミホちゃんの顔をのぞき込みながら言いました。
「ミホちゃん。がんばろうね!」
「……」
 ミホちゃんは、無言です。心まで銅像のように固まっているのです。
 つぎに、アッくんが、お母さんの手をしっかり握りながら入ってきました。
「アッくん。こっちにいらっしゃ〜い」
 先生が、手まねきしながらいいましたが、アッくんはイヤイヤをすると、お母さんのスカートに顔を埋めました。
 つぎに、マミちゃんが、お母さんに抱っこされながら入ってきました。マミちゃんの顔は、まるで接着剤で貼りつけたように、お母さんのセーターにしっかり貼りついていて離れません。
「マミちゃん。こんにちは〜」
 先生が声をかけました。それを合図のように、マミちゃんは、「ワーン」と泣きはじめてしまいました。
 その時、レッスン室の外から、大きな泣き声がきこえてきました。たぶん、ユリちゃんの泣き声です。ユリちゃんは、二か月たつのに、まだ一度もレッスン室の中に入れないままなのです。
 こんなふうに、子どもたちは一人ずつちがいます。ですから、同じように接しても、うまくいくはずがありません。
 先生は、百人の子どもがいれば、百とおりの接し方をしなければなりません。




●江口寿子(えぐち・かずこ)
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音楽教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール」(現生徒数2000人)をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会」(現会員数1000人)をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS」(受講者数8000人)を行なっている。

●著書
 「おんぷの学校」
 「ピアノの学校」
 「ピアノレッスンを変える」シリーズ (以上 全音楽譜出版社)
 「イメージ聴音ワークブック」
 「リズムワークブック」(共同音楽出版社)
 他多数。

●一音会ホームページアドレス
 http://www.ichionkai.co.jp/



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