1999.12月 第9号
グループレッスンで大人のピアノを!
渡辺圭子
●「夢の風船」を大切に
一年に一度の大人のピアノ発表会「おとなのぴあの・ふぇすてぃばる」が、今年も十月十日に終わりました。二十代から八十代までの約六十名の大人たちが腕にヨリをかけて演奏した後、あるピアノの先生から「先生のところは音楽的な生徒さんばかりでうらやましい」と声をかけられました。「ピアノを習いたいんですけれど……」と言って教室に来る人達は、決して音楽に詳しいというわけではなく、ごく普通の人々ばかりです。ただ当然のことですがピアノを嫌いな人、興味のない人は一人もいません。「乙女の祈り」を弾きたい、結婚する娘に「秋桜(コスモス)」を聴かせたい、孫の誕生日に「ハッピーバースデイ」を伴奏したい…… 等々、どの人もピアノへの意欲に満ちています。それぞれが持ってくる小さな夢の風船をこわさないように指導していくと、生徒はその夢を自分でドンドン膨らませ、ついには「ホテルでディナーショーなんかしたい」というように大きく育てていきます。
●仲間で励ましあえるグループレッスン
私が大人の初歩の指導で最も重要としている三つの柱をここでご紹介します。それは「グループレッスン」「紙鍵盤」「譜を読む」の三本柱です。
第一のグループレッスンは文字通り四〜七人グループで行なうレッスンです。大人の方は最初、「えっ、グループですか?」とためらいを表わします。皆についていけなかったら、誰かと気まずくなったら、と「ピアノと自分」というより「他人と自分」の関係を気にするのです。けれどピアノが弾けて、上手になりたいだけ、という本来の気持ちを再確認すると、いつの間にか「個人レッスンよりずっとイイですね」に変わっていきます。
グループのメリットはたくさんありますが、まず人の演奏を聴いているので初めての曲でも何となくやり方が分かること、自分で聴き比べて表現のよさ、悪さが分かること、難しい所や分かりにくい所を先輩が教えてくれること、自分の知っていることを仲間に教えることで、より力がつくこと……。グループレッスンの最初には全員で教本の曲を全部ドレミで歌うのですが、全員で歌うことにより仲間意識が芽生えます。グループレッスンで数年間を過ごすと、個人レッスンに変わってからでも皆でピアノのあるレストランに繰り出したり、年齢差を越えて情報交換したり、良いコミュニケーションを作っていきます。東京の「恵比寿ガーデンプレイス」では一般にスタインウェイを公開しているのですが、彼らは一年に一〜二度、使用を申し込み、出かけて行って、公衆の前でピアノを弾いたりして度胸をつけているようです。
●紙鍵盤で指を動かすこと
が上達への近道
第二の紙鍵盤はグループレッスンの必需品で、こんなに役立つものはありません。グループレッスンでは、まず一人の人がピアノに向かって実際に曲を弾き、他の人たちはその曲を紙鍵盤で一緒に練習するという形を取っています。紙鍵盤はいくら叩いても音は鳴りませんし、キイも動きませんから、他の人が演奏している曲を自分なりに練習するのに持ってこいなのです。初めてグループレッスンに加わり、それまで全然ピアノを弾いたことがない人でも、「ミ」の位置さえ分かれば「禁じられた遊び」でも「エリーゼのために」でも平気でピアノを弾いている人に合わせて指を動かしていきます。音や指使いが違っていてもメロディに合わせて指を動かすことは、どんなに早く曲を自分のものにしていけるか、一度経験した大人はすぐに分かります。それでまずピアノを実際に弾く前にドレミで歌い、紙鍵盤で手がキイの上を動く感覚を体験してもらうのです。
●大人ならではの
『譜を読む』レッスン
第三の『譜を読む』、何と言ってもこれがなければ大人のレッスンを始めることはできません。もちろん音楽は譜を読むことから始めて当たり前、と思われることでしょう。けれど私の教室では、ただ単に拍子、調性、形式等にとらわれず、より深く作曲家の意図を読み取るためにメロディや伴奏の音やリズムに従って読んでいく桑原利子氏考案の『譜を読む』が大切だと考え、取り入れています。
これは大人のピアノに限ったことではありませんが、これまでのピアノのレッスンでは「粒をそろえて」「拍子・調性感を持って」「力を抜いてきれいな音で」等、音楽全体の流れよりも、技術的にきちんと弾くことに重点が置かれていたように思います。その結果、その曲をどのように表現していくかということについては、演奏者個人の感性に委ねられてしまっていたことは否めません。
しかし、曲の中の音がどのように上昇下降し、どのようにリズムを取るかは作曲家の指示したとおりに演奏しなくてはならないのですから、原則的な弾き方はおのずと決まってきます。一つの曲の流れの中で音形やリズムがどう変わっていくか、それを具体的に教えるのが指導者の役目ではないでしょうか。
私のレッスンでは、テクニックの指導と同時に、曲の成り立ち、メロディ、リズムの弾き方を最初から説明します。どんなにやさしい曲にも作曲家の意図があり、その意図を一貫性を持って弾くことが「人に伝わる音楽」になり、飽きない曲に仕上がるのです。大人たちは、テクニック的におぼつかなくても、『譜を読む』ということをよく理解し、例えば「河は呼んでる」では小さな川が三度差で暴れて大きな河へと成長していく様子を、「かっこうとろば」(いずれも自著「それは『ねこふんじゃった』からはじまった」(音楽之友社刊)より)ではのんびりしたロバをカッコウが誘って一緒に歩く姿を、誰もが音形から確実につかんでいきます。すると、今まで「わからない」「絶対にこんな難しい曲は弾けない」と思っていた曲が一変、「おもしろい」「目からウロコ」というように変わっていくのです。その結果、彼らはベートーヴェン、ショパンをはじめ、ドビュッシー、シベリウスなど、さまざまな曲にトライしていきます。そして、仲間同士でお互いの演奏についてコメントし合ったりして、時にはレッスンの時間がちょっとした演奏研究会になったりもします。
「ワケが分かったから努力を惜しまない」「上達を感じることができたからやめられない」のが大人の特徴です。その想いが次のテクニック向上への動機づけとなるのです。
私の教本「大人と子どものためのピアノ教本」一〜六巻(音楽之友社)には「譜を読む」に基づく「弾き方のヒント」を巻末に付けてあります。これは指導する目安にも演奏する助けにもなるはずです。
誰もが共感できる演奏は「世界共通語」としての音楽を理解し、表現すること。それは「譜を読む」レッスンから始まります。豊富な人生経験を持ち、理解力も備わった大人の方には、ぜひ「譜を読む」でレッスンを始めてほしいと思っています。
●プロフィール
国立音楽大学ピアノ科・同専攻科卒業。意欲
ある大人のためにピアノ指導教本を作る。最
初から両手で、誰もがよく知っている曲を使
って「エリーゼのために」を目標に、楽しみ
ながら弾けるように指導していく。毎年十月
十日に「おとなのぴあの・ふぇすてぃばる」
を開催、二冊の教本修了者に終了証書を発行
している。「大人のためのピアノ教室」主宰。
(http://www.read-music.gr.jp)
●著 書
「それは『ネコふんじゃった』からはじまった@A」「エンドレススケールと抜粋ハノン」(以上音楽之友社)「私だってコンチェルトが弾きた〜い」ほか多数。
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