1999.11月 第8号
伴奏は音楽のパートナーシップ
岩崎 淑
●「伴奏ピアニスト」とは?
Q.先生は日本では珍しい「伴奏ピアニスト」として活躍されてい
ますが、まずその「伴奏ピアニスト」についてお聞かせ頂けま
すか。
A. 「伴奏ピアニスト」とは演奏そのものも普通のソリストとは違
うのですが、 顕著な違いとしてその「人柄」が挙げられま
す。伴奏というのは相手(ソリスト)がいて成り立つものです
から、個性は個性として持ちながら人と融合できる性格であ
ることが第一です。自分を表わすことだけを考えている人や
自己主張がすごく強い人は、まず性格的に言って伴奏家と
して成り立たないと思います。人と妥協できたり、人のことを
一緒に考えてあげられること。家庭で言えば、ご主人を立て
るみたいにいいサポート役になれる人柄が求められます。
伴奏家として有名なイギリスのジェラルド・ムーア、ドイツの
ヘルムート・ドイチュなどは、それぞれの国でその職業を確
立しています。また、日本ではまだですが、最近では世界の
音大に 「伴奏科」があります。それが伴奏家を育てるのに
大変役立っています。
ジュリアードの伴奏科で主眼としているところは声楽、一方
パリ音楽院では弦・管と、学校によって様々ですが、いずれ
も大変なトレーニングをさせられるらしいです。というのは、
声楽の伴奏家は声楽家をトレーニングできる資格という
か、それくらい権威があるので、まずドイツ語、フランス語、
イタリア語について、歌詞がわかるように勉強しなくてはい
けません。また、ピアノスコアだけでなく、オーケストラ・スコ
アで弾かされたり、指揮をちょっとやらされたりもします。
伴奏は音楽の総合的ないわゆる土台の部分をやっている
わけですから、ある時は生徒に「あなたが指揮者になった
つもりでバーっとリードしないと」って言うんです。実際、曲に
は前奏があるから伴奏者はテンポ、音色などリードすること
がとても多くあります。またやわらかさ、ニュアンスも最初に
伴奏者が音楽的にきれいに弾いてくれるとソリストもすごくノ
リやすいですよね。ところが、伴奏者がきつーい音で変なテ
ンポで弾き始めたら、もうソリストはそういう風に弾かざるを
得ないし、上手な伴奏者じゃないと絶対にノッてこれませ
ん。そういう意味では、前奏の部分を聞いただけで、その演
奏会がいいかどうかが分かってしまうんです。ソリストを聴
かなくても(笑)。
Q.なるほど、伴奏者というのは裏方ではあるけれども、実はソ
リストの手綱を握っているんですね(笑)。
●「タッチ」で音楽を彩る
Q.それでは、伴奏する上で特に気をつるべきこととは、どのよ
うなことがあるのでしょうか?
A.楽譜に書かれているテンポなど、音楽の約束事を守ること
は大前提ですが、何と言っても大切なのは「タッチ」です。
相手の楽器と溶け合うような、ピアノなんだけれどもまるでそ
の楽器であるかのような音、また、二千人のホールの一番
後ろの聴衆にピアニッシモでもちゃんと響いて届く音……
それらの音はタッチによって決まります。
指を立てて弾くか、指先のどの部分で弾くか、手首をどのく
らい動かすのか……。時としてピアノは「弾く」と大きすぎる
場合があります。弾かないで「触れて」いるだけということも
伴奏にはあらゆるパッセージに存在するんです。
また、ペダルについて。ペダルもともすれば踏み過ぎの人が
非常に多いです。ペダルは音を響かせ、弾いた後の響きを
楽しむもの。元来レガートはペダルでするものではなく、指で
するものです。それをペダルでしようとしてずっと踏んでしま
うと、それはすごく汚い音になってしまいます。ペダル無しで
どれだけレガートができるか。伴奏では半ペダル、ちょっと
触れるだけのペダルなんかも使います。それらを使いこなす
には、やはり「良い耳」を育てること。そのためには良く調律
されたきれいな音の出るピアノでタッチによる音の違いを感
応しなくては。
究極的には、作曲家によっても音は違います。シューベルト
とバッハの音は違うし、ショパンとベートーヴェンの音は違う
はず。それをタッチやペダルで変えていくのがいいピアニス
トです。曲によって音楽性はもちろん、場面場面でその作曲
家に沿ったリズム、タッチがパッパと変われば、演奏会はす
ごく楽しくなります。でも、それが本当にできるようになるに
は、やっぱり十年二十年かかるでしょうね。でも、最初にそう
いうことを気にしているのといないのとではやはり大きく違っ
てきます。
Q.テンポや強弱だけでなく、相手の楽器と溶け合う音色、タッ
チ、レガートのことまで考えて弾くというのは驚きですね。
A.それはむしろ、ソロ・伴奏者にかかわらずピアニストとしての
要素、ピアノの技術の基本なんです。私は伴奏法の最初の
授業でもこう言っています。「ピアノの技術を学ぶことを前提
にしないといけない。ピアニストじゃないと伴奏家にはなれな
いわよ」って。例えば、私にはテクニックがないからとか、あ
まり勉強していないから第二の選択として伴奏を選ぶ人が
いますが、ソロと伴奏、というのは対等で、専門家はトータル
な音楽家 ―― 伴奏もできるしソロもできるし、室内楽もで
きるという人を目指して勉強するべきだと思います。専門職
だけれども全体を見渡せてなくては。けれども、まだ日本の
音大には「伴奏科」がありませんし、職業としても成り立って
いないのが現状です。いわゆる専門家を育てるための伴奏
コースが日本の音大にカリキュラムとして確立されれば、伴
奏家の道に進む人も増えるかもしれません。だからせめて、
ということで桐朋には「伴奏法講座」が誕生したんです。その
講座で伴奏の面白さに目覚めた人はたくさんいます。
私、「伴奏」 という訳が良くないと思うんですが(笑)。 順応性
は不可欠なものだけど、決してソリストに従属するのではな
く、パートーナーシップを伴った『共演』ですよね。
●トータルな音楽家の育成
Q.では最後に、ピアノの先生へのメッセージをお願いします。
A.あくまで、どんなことがあっても基本をちゃんと教えてほしい
と思います。指の形、姿勢から始めて、小さい時からちゃん
とやることです。小さいからできないということはありません。
先生が最初からいい形できちんと教えれば、それはずっと
続いていくんです。
そしてそれと同時に、練習の嫌いな子への対策。練習する
ことの楽しさ、大切さを教えることだと思います。例えば同程
度の生徒との連弾とか、他の楽器の小さな子とアンサンブ
ルをやらせてみるとか…… そういう場を持つことで、練習
への動機づけにもなると思いますし、小さい時から音楽をよ
りトータルに勉強できると思います。
また、生徒をトータルな音楽家に育てるためには、もっと総
合的な教養の中にピアノを位置付けるべきだと思います。例
えば、欧米の先生は音楽史、音楽学、作曲法など、曲にま
つわることをすべて分かっていてピアノを教えていらっしゃい
ます。
日本の先生も、音楽史などもう一度勉強して、例えばモーツ
ァルトが生まれたオーストリアはこういう国で、こういう生活
環境で育って、だからモーツァルトはこんなキレイな曲を作っ
たのよ、っていうことを教えてほしい。
というのも、こんなことがあったんです。ある外国でのオーデ
ィションの時、日本人の方がバッハを弾いたんだけど、その
時の審査員はそのバッハについてコメントするのではなくて
『君はドイツの事をどれくらい知っているかな』と聞かれたん
です。ドイツという国、ドイツについて……。それはまさに、私
たちがバッハを弾く時、ドイツ人の気質を知らないと弾けな
いよ、ということなんです。
やはりピアノはヨーロッパのものだからヨーロッパのことは知
らなくてはいけません。それをただ指が回る訓練だけしても
絶対に育ってはいきません。いつまでたってもその演奏から
薫ってくるものが生まれないんです。そういう雰囲気が薫っ
てくるには、やはりイマジネーションをたくさん生み出せるよ
うな環境の中で、生徒の感受性を高めていくことが大切なん
です。
Q.もうそうなってくると、それはピアノ教育を超えた「創造教育」
ですね。それは、もし万一ピアノをやめてもずっと残るでしょ
うね。
A.ええ、もし私が演奏家としてピアノを弾かなくなったらそういう
ことをやりたいわ。子どもたちきっと目を輝かすわよ。今やビ
デオがあるから、見せたい映像だってすぐ見せることができ
るし。
一点集中して学ばせることもピアノのレッスンの過程では必
要ですが、まず音楽を総合的に学ばせることが何より大事
だと思います。それには、先生もテクニックだけじゃないもの
を勉強していかなくては。
●プロフィール
桐朋学園短期大学音楽科卒業。米・ハートフォード大学音楽
学部卒業、ジュリアード音楽院修了。'67年ミュンヘン国際コ
ンクール二重奏部門第三位、'70年チャイコフスキー国際コン
クール伴奏者特別賞をはじめ数多くのコンクールに入賞。
現在、桐朋学園大学院大学をはじめ国内外で伴奏法指導に
あたっている。また多数のコンクール審査を歴任。'76年より
コンサートシリーズ「ミュージック・イン・スタイル」主宰、'97年
より「沖縄国際音楽祭」音楽監督。
1999年4月、春秋社より「 アンサンブルのよろこび」を出
版。
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