1999.9月 第7号
世界のピアノレッスン
中村菊子
●四期別のレッスン
ニューヨークから大事に持って帰ってきた1973年〜89年までの子供のコンクールの記録を出してみた。これは全米音楽指導者協会の大きなコンクールで、下限がプレ・エレメンタリーという4〜6才の級で、上限は大学生だ。
そのコンクールに、私は毎年10人前後の生徒を出場させていたが、課題は音楽史の四期―バロック期、古典期、ロマン期、近・現代―から生徒が好きな曲を1曲ずつ選んで、合計4曲弾けばよかった。
1973年の審査表を見ると私の生徒にプレ・エレメンタリー級で@バッハ『メヌエット』Aハイドン『スケルツォ』Bシューマン『兵隊さんのマーチ』Cヴィラ=ロボス『ガリボルディがミサに行った
た』を弾いた4才児と、@ヘンデル『アントレ』Aベートーヴェン『ロシアの踊り』Bグリーグ『ワルツ』Cパーシケッティ「パレード」から『マーチ』を弾いた6才児がいた。ちなみにインターミディエート(中級)には@バッハ「平均律」『第一巻 ハ短調』Aベートーヴェン「ソナタ」『テンペスト 第一楽章』Bショパン『スケルツォ Op.31』Cコープランド『猫と鼠』を弾いた 才児がいた。
欧米では幼児からこのように四期の曲を同時に学ぶレッスンが行なわれている。私はちょうど今から40年前の1959年にジュリアード音楽院へ行ったが、その時の入学試験も四期から4曲を弾かされ、この期別の学習方法は卒業するまで続いた。そして、ピアニストの登龍門の「チャイコフスキー・コンクール」など大きな国際コンクールなど大きな国際コンクールも同じ方法で課題曲が出されるのだ。
おかげで私はそれまで知らなかった多くの曲を知ることになったが、以後、特に現代曲はカバレフスキー、ショスタコーヴィッチ、ハチャトウリアン、バルトーク、プロコフィエフなどの他に、プーランク、トゥリーナ、ミヨー、チェレプニン、カウエル、イベール、ヒナステラ、ヴィラ=ロボス、シェーンベルクらの曲を積極的に取り入れるようになった。
●日本のレッスンは古典期志向
思えば私が日本で受けた教育は、クレメンティーなど古典期のソナチネを弾くのを目的に書かれた「バイエルピアノ教本」
本」で導入され、ソナチネとソナタで古典期の基礎を固めてからロマン期のショパンに進み、ずっと後でドビュッシーなど近・現代を習うという幅の狭いレッスンだった。そして「ツェルニー」もたくさん練習させられた。
しかし、ジュリアードの教授は「ツェルニーはいくら練習してもツェルニーが上手くなるだけで時間の無駄です。その代わりに1曲でも多く本物の作曲家の曲を弾いたほうが音楽性もテクニックもずっと豊かになります。」と言っておられた。これは真実で、実際に欧米では私たちのように古典期志向でレッスンを始める国はない。なぜかと言うと、日本式に『バイエル』『ブルグミューラー』『ソナチネ』で勉強を進めると、子供の耳がドソミソ調と『TWXTの機能和声』だけで固まってしまい、現代曲の「子供のバルトーク」や「子供のプロコフィエフ」を弾くのに非常に苦労する生徒を育ててしまうからだ。
●ブルグミューラーも必要なし
加えて「ブルグミューラー」は1806年生まれで、ロマン期を生きた作曲家だが、彼の作曲技法は古典期の域を出ておらず、その作品は TWXTの機能和声 に 感傷的な旋律 を載せただけなので、まったく勉強する意味がない。
1806年生まれのブルグミューラーは、同世代の1810年生まれのショパンやシューマンに比べると、作品の形式だけでも、後者がワルツ、プレリュード、ノクターン、アンプロンプチュ、バラード、ファンタジー、インテルメッツオ、カプリッチョ、ラプソディーなどと、ロマン派のアイディアを大きく開拓したのに対し、反対に古典期に向かって後退の一路を辿ってしまったのだ。
したがって、子供にはブルグミューラーの代わりに、シューマンの「ユーゲントアルバム」を弾かせたほうが、どれほど音楽性が育つかは申すまでもない。しかし、そこで重要なのが 導入メソード
≠ナ、古典期用に書かれた「バイエル」では、レガート奏法や対位法をたっぷり使ったロマン期のシューマンへはスムースにつながらない。四期別レッスンの導入には、四期の音楽に対応できる 新しいメソード が必要なのだ。これは近年たくさん出ているが、私が好きなのは全能的メソードの「ミュージック・ツリー」 (全音刊)である。
●音楽性をより豊かに
欧米の期別の学習方法は、鍵盤楽器の発達に伴い、時代、時代に音楽のスタイルが大きく変化し、奏法も変わってきたことから発した理想の方法だ。私は1989年に帰国してから「ピアノ すばらしき出会いと発見」(全音刊)と「ピアノレッスン 世界のレッスンとレパートリー」(ヤマハ刊)を出版し、四期別の教育について詳しく説明しておいた。
また、1978年からはコンクールで知った星の数ほどの曲を「バロック名曲集」「古典期名曲集」「ロマン期名曲集」「近・現代名曲集」各上下の合計8巻にまとめて全音楽譜出版社から出版した。この曲集は木幡律子のピアノ演奏でビクターエンタテインメントからCDが出ている。
●プロフィール
故・井口愛子氏に師事する。
慶応義塾大学経済学部卒業。ジュリアード音楽院ディプロマ 課程、修士課程修了。
州立フロリダ・アトランティック大学教授、全米音楽指導者協 会ボードウィン・コンクール、ニューヨーク州委員長、ニューヨ
ーク州ライ市ジャパン・インスティテュート、ディレクターを歴 任、1989年日本に帰国する。
●著 書
「ピアノ 素晴らしき出会いと発見」(全音)
「ピアノレッスン 世界のレッスンとレパートリー」(ヤマハ)
「バーナム ピアノテクニック」(全音)
「ピアノレパートリーガイド」(ヤマハ)
を始めとする 余点の楽譜、書籍、ミュージックデータ、CD ―ROMを出版。
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