1999.9月 第6号


     
生徒に人気の先生を訪ねて
        
*特別インタビュー*
   
          
江守三千代



●中学校の音楽教師からピアノ教師へ

Q.ピアノ教師になられたきっかけからお聞かせ下さい。

A.国立音楽大学(声楽科)を卒業後、東京の秋川市(現・あき
  る野市)の中学で音楽科の担当になりました。
  当時はちょうど全国的に校内暴力が頻発していた時で、
  私のいた中学も例外ではありませんでした。ある時は万引
  きした生徒をしつこく追いかけて、何とか話し合いに持ち込
  んだりとか生徒の心にどうやって入っていくかだけを考え、
  葛藤する日々が続きました。そんな中、私が生徒の心に入
  り込むには、やっぱり音楽しかないという思いから、楽器
  を弾かせてみよう、そうすれば生徒たちも落ち着くかもしれ
  ないと思い、早速ギターの購入を学校に頼みました。それか
  らギターの合奏を始めたり、また、合唱に取り組んだりして、
  生徒の心を開かせるように工夫したりしていました。

Q.それから長野市に戻られてピアノ教室を始められる……

A.そうですね、中学校に5年間勤めたのですが、体調を崩した
  こともあって地元に戻り、音楽の仕事をということでピアノ教
  室を始めました。始めた頃は生徒もそんなに集まらなかった
  のですが、次第に生徒数も増え、現在に至っています。

●ピアノでも『うたう』ことを大切に

Q.ピアノではなく、声楽を専攻されて いらしたんですね。専攻
  以外のピアノを教えられることでご苦労もなさったかと思うの
  ですが。

A.いえ、ピアノは子どもの頃から習っていましたし、高校生の
  頃はアルバイトで小学生を教えていたくらいピアノも大好き
  でしたので、ピアノを弾くことは生活の一部のようなものでし
  た。
  ですけど、それ以上に「音楽」が好き なんです。ですから、
  私のピアノ教室というのは、単にピアノを練習すればいいと
  いうもので終わらせたくないのです。いつもピアノという枠
  を超えた音楽の楽しさ、音楽ってピアノだけじゃないのよ、と
  いうことを思いながら教えています。
  生徒にとってもピアノの周りにある音楽を学ぶことは、ピアノ
  を弾く上でも役に立つでしょう。小さい生徒には リトミックで
  あったり、それこそ音大受験生にはソルフェージュであった
  りしますよね。また、例えばフルートなど、ピアノ以外の楽器
  をやっている生徒に対しても、音楽性についてアドヴァイスし
  たり、受験生には、自分の人脈を通じて、東京などの専門の
  先生を紹介したりしています。
  管楽器でもピアノでも、共通していることは何でしょうか。そ 
  れは「うたう」ことなんです。どちらかというと日本人は、この
  「うたう」ことが苦手なようですね。私はピアノを教える時に
  も、テクニックだけでなく、表現力も身につけさせたいと考え
  ています。

●小さな子にはお母さん・兄弟も巻き込んだレッスンで

Q.レッスンの実際ということで言いますと工夫が必要ですね。

A.例えば、小さいお子さんの場合はお母さんが送り迎えするこ
  とが多いですよね。私は難しいリズム打ちの時などは、お母
  さんにも一緒にやってもらいます。また、さらに小さいお子
  さんの場合ですと、カード遊びなどでお母さんと一緒になっ
  て音符当てをしたり、弟や妹がついてきていたらゲームに加
  えます(将来の入会希望者になる)。
  「遊び」の中で楽典知識やソルフェージュを学ばせること、体
  を使って覚えさせることで、それらは机上で覚えるよりずっと
  早く身につくようになります。
  もし教室でできなかったことがあったとしても、お母さんも一
  緒に練習すれば、あきらめずに続けることができます。「音
  楽は楽しいもの」ということが身につきさえすれば、後々にな
  っても音楽が嫌いになることはないと思います。また、子ど
  もの音楽性を伸ばすためには「ダメ!」と言わないようにす
  ることも大事なことでしょうね。
  経験から言いますと、お母さんとの関係が良好な生徒は、発
  表会でも実力相応、またはそれ以上のものを発揮できるよ
  うに見えます。

●生徒と向き合うー指導者を超えて

Q.先生の教室は、退会者が少なく、入会希望者が待ち状態に
  あるとお聞きしましたが、その理由はどの辺りにあるとお考
  えですか。

A.先ほどお話ししましたように、中学校で教えていた経験か
  ら、子どもたちとの接し方については、いつも真剣に考えて
  きました。先頃の新聞報道では都内の20%以上の小学校
  で学級崩壊が始まっているとか。実際、今の子どもたちの心
  は私たち大人には見えにくくなってきているように思います。
  ですから、なるべく私の教室に通ってくる生徒には、その心
  に入り込むようにしています。
  まして、中学生の頃というのは、一番大変な時期なんです
  ね。受験を控えているというのが優先事項になっていますか
  ら、習い事は後回しかやめることになりかねません。

Q.中学生になるからピアノ教室をやめるという話はよく聞きま
  すね。

A. 「せっかくここまできたのに、やめてしまうの!」というケース
  は私の教室ではありません。今の中学生は、部活や塾通い
  でスケジュールは目一杯になっていて、疲れ切っています。
  そういう生徒たちに対して、私は生徒が教室に入ってきた
  ら、まず「おかえり」と言って迎えるようにしています。そして、
  レッスンのやり取りの中で、生徒の顔色を見たり、声のトー
  ンを探ったりしながら「変だな」という時には「今日は学校で
  何かあったの?」 「何で怒ってるのかな〜?」などとあくまで
  深刻がらずに聞いてあげると、生徒も気が楽になって何でも
  話すようになると思います。
  せっかくピアノ教室に来て、それがまた新たなストレスになっ
  てしまうより、ホッとした気持ちで帰ってもらった方が生徒の
  精神状態にとってはいいでしょう。ですから、場合によっては
  無理にピアノを弾かせるより、30分という短いレッスンの
  中で生徒と向かい合ってお話をする、あるいは、ただ話を聞
  いてあげるだけの時間があってもいいと思います。親にも学
  校の先生にも話せないことを話せる場所があるというだけで
  も生徒は毎週通って来ます。そういう意味では「癒しの場」を
  提供しているようなものかもしれませんね。もちろん、ピアノ
  教室ですから、ピアノを練習することは大事ですが、それば
  かり追求すると辞めていってしまうでしょうね。
  余談になりますが、一度うちに通ってきていた生徒は、その
  後進学や就職などで長野以外の土地に行っても、帰省した
  時にはほんとによく顔を出してくれます。「あれ、また来た
  の?」なんて言っちゃう時もあるくらい(笑)。大人になった生
  徒達と、飲み会を開くこともあるんですよ。

●保護者との付き合い方= 日頃のコミュニケーションを大切に

Q.生徒さんの問題だけを解決すれば退会者はなくなるのでし
  ょうか、やはり保護者の理解がないとピアノを続けさせること
  はできないのでは…… 

A.そうですね、中学生になったらピアノをやめる、一般的には
  そう言われています。しかし、それは保護者の方がピアノ教
  室を誤解していらっしゃる面があるからだと思います。ピアノ
  教育=情操教育という昔ながらの考え方が定着してしまい、
  今現在私たちがやっているピアノ教室の実態はあまり知ら
  れていません。ピアノ教室でどういうことを教えているのか、
  ピアノ教師とはどういう仕事かを保護者の方に理解してもら
  うことは、月謝のことも含め、大切なことです。    
  例えば発表会のことで言いますと、私の教室の発表会で 
  は、保護者の方には裏方的な仕事のお手伝いをお願いした
  りすることもありますが、実際にステージに上がって子どもと
  一緒に演奏していただくこともあります。例えば、送り迎えに
  来ているお父さんなどは格好の『餌食』ですね(笑)。最初は
  渋っている、というより嫌だとおっしゃる方が多いのですが、
  できる楽器でいいからお子さんと一緒にやってみましょうよ、
  と言うと、そういえば若かりし頃ギター頃ギターをやってい
  た、ギターコードくらいは弾けるというお父さんが必ずいま
  す。そこまでいけば、あとはどの曲にする、いつ練習すると
  具体的になるにつれ、お父さんも本気になってきます。
  家で子どもと一緒に練習したり、教室でアドバイスを受けた
  りしながら発表会に備えるなんて、人生の中でそんなにある
  機会ではないですよね。まして社会人になってウン十年とい
  う方たちですから、お父さんにとっては、まさに一大イベント
  です。それをサポートしながら一緒になって盛り上げていくこ
  とで、ピアノ教室の実態を知っていただくことができます。
  保護者の理解なしに、子どもたちがピアノ教室に通い続ける
  ことはできません。普段からのお付き合いの中で、レッスン
  ダイアリーだけでなく、生活の様子がいつもと違っていたら、
  後で電話などで保護者にフォローするようにしますと、保護
  者からの信頼も厚くなります。

Q.保護者の理解ということでは、例えば「同じ日に入会したの
  に、△△ちゃんは○ページまで進んでいるのにウチの子は
  ○ページしか進んでいない」とか、教本でも生徒によって違
  いがあることで、一般論としてクレームがあるように聞いてい
  ますが、そういう場合の対処法はどのようになさっているの
  でしょうか。

A.同じ時期に入会したとしても、それぞれの個性によって進み
  具合が違うことは当然のことだと思います。しかし、そのこと
  を保護者の方に理解していただくには、繰り返しになりま
  すが、普段からのコミュニケーションが欠かせません。それ
  はピアノ教師としての必須事項でしょうね。

●発表会=選曲=音楽性を引き出すチャンス

Q.発表会のことに戻りますが、プログラムを拝見しますと、ピ
  アノだけでなく、独唱、管楽器、オペレッタ、最後にはプロの
  方を招いての演奏と、他に例を見ない発表会になってます
  ね。

A. 「音楽を楽しく!」が私のモットーですから、なるべく多くの方
  に、発表会を通して音楽に親しんでもらうことも大事なことだ
  と考えています。
  また、発表会は生徒にとって自己表現できる場でもありま
  すので、自分の弾きたい曲、なぜ弾きたいかを自分の中で
  消化してから弾くことが大切なことだと考えています。そのた
  め、選曲の時には、私自身が生徒の前で40曲くらい弾いて
  どの曲がいいか選ばせることもあります。

Q.では、楽譜もずいぶんとお買い求めになるのでしょうね。

A.そうですね、それこそ楽譜屋が開けるかも(笑)。 新刊が出
  たら必ず買うようにしてますし……。

Q.それはスゴイ(笑)。それだけ選曲に全力を注いでいらっしゃ
  るんですね。

A.このプログラムをご覧になっていただきたいのですが、私の
  教室の発表会には、プログラム以外に生徒の選曲の理由
  や保護者からのメッセージを書いたコメント集を作り、来場
  の方々に配るようにしています。そうしますと、お客様もその
  コメントを読まれますので他の子の演奏でも真剣に聞いてみ
  ようとなり、客席が騒がしくなるようなことはありません。
  また騒々しさを未然に防ぐ手立てとして「演奏の中にヒント
  がある?♂ケ楽クイズ」を用意しておきます。クイズに全問
  正解したら、帰りに記念品をプレゼントというように、発表会
  もイベントとして盛り上げると一層楽しくなります。

Q.コメントということですが、自分の弾きたい曲、またその曲に
  対する思いを言葉で表わす、文章にする作業は、音楽を理
  解する上で重要なことなんでしょうね。

A.そうですね、ただ譜面を見て弾く、それは初見と同じことで心
  のこもった演奏にはなりません。 「こういうイメージで弾く」と
  いう思いがないと、良い演奏にはならないと思います。
  「楽譜は作曲家からのお手紙」ですから、その曲をどう感じ
  るか、どう理解して演奏するかを文章にしてみることで理解
  度が深まると思います。そして、それがひいては音楽性を育
  てることにつながります。

●自己啓発=感動する心を忘れず!

Q.八面六臂のご活躍で、先生ご自身もお疲れになることもあ
  ると思うのですが、息抜きのようなことはなさっているのでし
  ょうか。

A.根っからの音楽好きなんでしょうね。息抜きといっても、やは
  り音楽を聴きに行ったりしていますね。最近も東京でのN響
  コンサートに行ってきましたし、ついこの間も松本市であった
  N響フルーティストのミニコンサートにも出かけました。その
  コンサートでは、感動のあまりつい涙を流してしまったんです
  よ。良い音楽を聴く、「生」の音楽を聴くことは、やはり感動
  を呼びますね。
  また、コンサートには生徒もよく連れていくのですが、生徒た
  ちは演奏終了後、いつも「バイオリンが良かった」「トランペッ
  トが良かった」とそれぞれの感想を口にし、中には「中学生
  になったらゼッタイあの楽器をやる!」と意気込む生徒もい
  ます。彼らも「生」の音を聴いた感動を経験してこそ、音楽と
  長く付き合っていくことになるのでしょうね。
  私はこう思うのです。生徒に「感動する心」を伝えるには、指
  導者自身も感動する心を失ってはならないと。ピアノを指導
  する方は、ともすれば、ピアノの曲しか聴かなかったり、コ
  ンサートもピアノのものにしか行かなかったりしがちですが、
  それはもったいないことのような気がします。せっかくいろい
  ろな演奏会があるのだから出かけて行って、「生」の音楽を
  聴いて楽しむことも大切なことだと思います。
  まず指導者自身を磨いてこそ、生徒はその姿から何かを学
  んでいくのではないでしょうか。
 
●プロフィール
 長野市出身。国立音楽大学声楽科卒。大学卒業後、中学校
 教諭を経て、1984年「江守音楽教室」を開く。
 現在、主にピアノ・ソルフェージュを教える傍ら、声楽家として
 数多くのコンサートに出演。大学の非常勤講師、合唱団のヴ
 ォイストレーナーとしても活躍している。声楽家集団「土の会」
 会員。
 故 西内静、飯田忠文、鈴木惇弘各氏に師事。



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