2003.8月 第53号



「対話音楽」にみる
音楽の新たな可能性

中井深雪 先生



  今年の4月、とてもかわいらしいタイトルの曲集が発売になりました。そのタイトルとは、「母と子の対話音楽集〜心のおしゃべり音楽室〜」(中井深雪 著/全音楽譜出版社刊)。 対話音楽? 「心のおしゃべり音楽室」?? LPOでは非常に興味を惹かれ、著者であり、音楽療法士でもいらっしゃる中井深雪先生にお話をうかがいました!

●「言葉」という伝達手段の限界

――「対話音楽」とはどんな音楽ですか?

  「対話音楽」とは、音楽を使って「言語」と「非言語」の双方でのコミュニケーションをサポートすることを目的としています。
  私たちが言葉で伝えられることは、本当に伝えたいことのほんの一部でしかなくて、特に子どもの場合は、自分の言いたいことを充分言葉で表現することができません。そういった場面でも、音楽は人の感情にダイレクトに入っていく要素があるので、言葉にはないコミュニケーションの可能性を非常に感じています。

―― この度の「母と子の対話音楽集」は、どのようなコンセプトで書かれたのですか?

  個々の将来につながる幸せな音楽体験の一番のベースとなるのは、乳幼児期のお母さんのやさしい子守歌だと思うんです。その歌声を聞きながら、うとうとしている中で安心しているあの心地よさに象徴される感覚が、すごくベイシックな人間関係の信頼感や安心感につながるんですね。でも、こういった感覚を体験しないで1歳を超えてしまうと、のちに情緒が不安定になりやすくなる可能性もあります。それだけ1歳未満で体験した信頼感・安全感というのはすごく重要です。
  また人は、大人も子どもも、「遊ぶ」ことで創造的になれると言われています。そして、子どもは遊びの中での攻撃行動などを通して、さまざまな感情や欲求の発散・浄化なども行ないます。でも、1歳半以降のしつけ≠ェ始まる時期になると、お母さんと子どもの間でのそういった遊びはずいぶん減ってくるわけですよね。また、一緒に遊んでいたとしても、お母さんはついつい「教える」立場になってしまいがちです。そうではなく、お母さんがお子さんと心から一緒に楽しんで関わるための音楽を提供したいと考えました。

●その人自身の「音楽」を引き出す
  ことで信頼関係を結ぶ

―― 収録されている曲は、いずれも実際のセッションから生まれたそうですが、具体的にはどんなセッションを?

  実際にセッションを行なう前に、まずお母さんから現在のお子さんについての主訴(問題点)や今後の方向性へのご希望、あるいは1歳未満で何を聴いていたか、どんな音楽が好きかなどをお聞きします。3歳の子であっても、すでに多少なりとも嗜好はあって、その嗜好に合った音楽を提供することが音楽療法士には求められます。
  また、嗜好とは別に、1000人いれば1000通りの「音楽」があるとも考えています。これを引き出してあげることも大切ですから、セッションでは即興演奏の技術が非常に重要になってきます。例えば自閉症のお子さんの中には、セッション場面では既成の曲は一切ダメというお子さんもいます。そしてその中でも、効果音系の音ばかり好きなお子さんや、聞いたことのない音楽が好きなお子さんなど、さまざまなこだわりを持っています。そのこだわりの“ツボ”にはまる音楽を提供することによって、音楽に関してはこの先生とだったら信頼関係が結べる、と子どもに確信を持ってもらうことはすごく重要だと思いますね。
  即興については、5歳のある軽い発達障害を持つ男の子とのこんなエピソードがあります。その子は音楽がとても好きで、いつもこのセッションを楽しみにしてくれているのですが、ある日は来る途中で急に「イヤだ」って泣き出してしまったらしく、音楽室に入って来ても、お母さんにあやされるのも拒否して一人で泣いていたんです。そういう場合ではいつものセッションは成り立ちませんし、何となくキーボードのビブラフォンの音で即興を始めて様子を見ていたんですが、途中からコ・セラピスト(メインセラピストに対し、協力して共にセッションを行うセラピスト)に合図をして、オーシャンドラム(波の音が出る打楽器)をなるべく静かに鳴らしていったんです。そのコ・セラピストはベテランでしたので、本当にどこから聞こえて来たのか分からないくらいの音からすーっと入っていくような音の使い方をしてくれたんですね。そうしたら、その子は一瞬泣き止みそうになりながら、自分からお母さんに抱きつきに行き、オーシャンドラムの音が大きくなったり小さくなったりしながら少しずつ大きくなっていって、あるボリュームに達して「サーッ」っと鳴った途端に、もう我慢できなくなって、オーシャンドラムを奪い取って自分で鳴らし始めたんです。それでもその子が何で泣いてたか忘れちゃうくらいまで一定のペースで即興を続けてから、何事もなかったかのようにいつものセッションに戻るということがありました。
  そしてその後、その曲がなんとなく何かに似てるなと思ってよくよく考えてみたら、「I'm proud」というタイトルの曲の最初のモチーフに似ていたんですね。もちろん似ているのは最初のモチーフだけでしたが、明らかに私の中であの曲につながる何かが、その即興を生み出していたんだなって。
  その子は軽い発達障害はあるものの、その反面いい意味でとても高いプライドを持ち合わせていて、できないと思うことに対してはすごく神経質に反応しますし、幼稚と思えることをさせられそうになったら部屋から逃げ出てしまうくらい嫌がります。彼の持つそのプライドは、吸収してほしいことへの集中力がなかなかアップしてこない原因にもなっている反面、よりよい人格形成につながる可能性も持っているわけで、お母さんとそういう部分は大事にしてあげたいね、というお話をして間もない頃
だったんです。そういった気持ちと即興のモチーフ、そしてあの曲のタイトル、メッセージが、日々限りない数の即興を生み出す中で偶然結びついたことには、きっと見えない相関関係があるのだと思います。 
  音楽療法をやっていると、往々にしてそういう「神様の見えざる手」のような偶然の一致が起こることがあって、そのことが子どもにもいい影響なりいい次の日なりを約束しているような気がして、すごく感謝する気持ちになることがあるんですよね。
  そうしてその子が今何を訴えたがっているかということを、言葉が通じないくらい泣いてしまっていたり、ふてくされていたとしても、音楽を介することによってコミュニケーションのきっかけを取り戻す、というのは、典型的な療法技術だと思いますね。

―― 曲作りに対して、何かアドバイスをいただけますか?

  まず、「その子に歌いかける」ということが、曲を作る上での基本であるべきだと思います。そして、その子に何を言ってあげたいか、何を聞きたいか、あるいはその子が言いたいと思っていることはこうなのかな、という気持ちを、1〜2小節、長くても4小節くらいに言葉に収めて、それにメロディをつけて歌ってみることから始めてみてほしい思います。そして、それに子どもの反応が何かあったら、その反応に対して感じたことをまた音楽にして返してあげる、そのくらいのことでもう8小節くらいの曲ができると思うので、あとはそれを何回か繰り返して同じフレーズを確かめてみる。繰り返しの音楽には“ホールディング効果”があるといわれていて、一定の繰り返しの中で聴取頻度が高まることにより、「好き」という気持ちが高まってきます。全然気分や嗜好に合わない場合は拒否されますから、その場合はすぐ引っ込めて下さいね。でも、受け容れられそうだったら続けていくうちに必ず好きになりますので、それがひとつの曲になるという風に考えていただければいいのではないかと思います。

●「教える」ではなく「育てる」

―― 読者にメッセージをお願いします。

  子どもに音楽を教える上で、先生ご自身の音楽体験や音楽精神史というのはすごく重要だと思います。これまでのご自分と音楽との関係、音楽によってご自身がどのように救われたか、あるいは幅広く音楽を聴いた経験や、それらがご自分の中でどのようにミックスされているかを認識することは、子ども一人一人の音楽にどれだけ気づくことができるかということにもつながっていくと思います。
  本来音楽が持っていたはずの、自分にとっての温かさとかやさしさ、豊かな愛情を再確認していただき、子どもと音楽することの意識そのものを見直してみてはいかがでしょうか。もしかしたら、「子どもに音楽を教える」ことより、「子どもの中の音楽を育てる」ことの方が、重要だと感じられるかもしれません。                                     ( 完 )
                       
(取材・文 LPO編集室)

                     

◆プロフィール

日本音楽療法学会認定音楽療法士。国立音楽大学卒業後、ミュージカル、マスコミ、広告等の分野で表現教育から商業表現までコミュニケーションとしての芸術表現を実践。その後音楽療法と出会い、1995年より犬山病院非常勤、カルチャースクール講師、専門学校非常勤、世田谷区立三宿つくしんぼホーム非常勤、同砧工房音楽療法担当等、乳幼児・児童への音楽によるさまざまな支援をはじめ、統合失調症患者、他精神科・心療内科受診者、知的障害児・者、重度重複障害児・者、思春期危機等のための音楽療法の実践・研究、治療のための楽曲制作に携わる。現在、講演、演奏活動等も行っている。ホーム・ヘルパー2級課程修了。

◆著 書

「CD付 母と子の対話音楽集 ママと最初のゲーム編/ねむらないようちえん編」
(全音楽譜出版社 刊/各2400円)

◆発表論文

「治療構造としての音楽療法プラットフォーム」
(「音楽療法研究」 3:107-115,1998)
   
◆『MTN世田谷対話音楽工房』ホームページ
     
http://home.u02.itscom.net/mtnsmds/



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