2003.6月 第51号
民族色、そして人間味あふれる
バルトークの世界へ、いざ!
もっとバルトーク作品に
親しむために!!
パップ晶子先生
生涯にわたって子どものピアノ教育に対する情熱を持ち続け、「子供のために」「ミクロコスモス」をはじめとする数多くの魅力的なピアノ作品を生み出したバルトーク。しかし、その個性あふれる曲調から、レッスンレパートリーが限られてしまったり、どのように曲の魅力を引き出していけばよいか、お悩みの先生も多いのでは?
そこで今月号では、中面でもバルトークを特集! 第一面にてご執筆いただきましたパップ晶子先生にお話をうかがいました。
★ハンガリーと周辺の民俗音楽を
採集する中、独自の作曲技法を確立
―― まず、バルトーク作品の音楽的特徴についてお聞かせいただけますか?
バルトーク作品の最大の特徴は、民俗音楽の要素を取り入れた独自の作曲技法を確立したことにあります。ロマン期以降の作曲家たちは、さまざまな新しい作曲技法を模索していきましたが、バルトークはハンガリーと周辺の民俗音楽の採集を行なうことによって、従来の芸術音楽にはなかった音楽要素を発見していったわけです。
作品に及ぼした民俗音楽の要素は大きく分けて4つあって、一つ目は音階と音程、二つ目は旋律の要素、三つ目はリズム、そして四つ目は旋律構造です。これらの要素が作品に非常に複雑に浸透していて、大変ユニークで生命力が感じられるのが特徴であり、大きな魅力となっています。
また、バルトークは非常に洞察力にすぐれ、物事や人間の深層心理を、音に徹底的かつ痛烈に表した作曲家でもあります。痛快な冗談、悲痛な内容、大変重い内容の悲劇…… それらの内容をちゃんと把握できれば、非常に共感を持って、夢中にさせられてしまう、そういった魅力がありますね。
★将来バルトークの傑作を弾くため
には欠かせない「教育作品」
―― 一方、バルトークはいわゆる「教育作品」も多く残していますが、これらの特徴とは?
バルトークは生涯にわたって7作品、小曲にして数えると300曲以上の教育作品を作りました。本格的に教育作品を手がけた最初の大作曲家ではないかと言われています。
教育作品の重要なポイントは、子どものうちから、将来バルトークの芸術作品を演奏する上での要素に親しむことができることです。例えばおもしろい音組織や、拍子の煩雑な交替、あるいはブルガリアのリズムにみられる8分の7拍子などのめずらしい拍子といったものを、純粋で簡素な形の教育作品で勉強しておくことは、将来的に非常に強みになると思います。
バルトークが最も情熱を持って研究した民謡はハンガリーとルーマニアの民謡ですから、それらの要素を学ぶことは欠かせないことですが、「子供のために」のT・U巻はハンガリー民謡を編曲したものですし、「ルーマニアのクリスマスの歌」では、のちの「ピアノソナタ」の第三楽章などにも使われている拍子の交替が集中的に取り上げられています。さらには、「組曲
作品14」の第一曲もルーマニアの旋律風でできていますので、将来バルトークの傑作を演奏する時に、あっ、この旋律は耳に覚えがあるぞ、このリズムは知っているぞ、ということに気づかされると思います。
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*バルトークの教育作品*
◎10のやさしいピアノ小品[1908]
(音友「バルトークピアノ作品集2」に収録)
子どもたちにやさしい現代曲を提供するために作曲。
民謡の旋律要素も多く見られる。
◎子供のためにT−W ピアノ初心者のための小品
[1908-1909](ムジカ・ブダペスト)
T・U巻はハンガリー民謡、V・W巻はスロヴァキア民謡の編曲。
各巻は併用可。
◎ピアノ初心者のために [1913(1929)]
(音友「バルトークピアノ作品集2」に収録)
レショフスキーとの共著「ぴあのの学校」より18曲を抜粋。
「ミクロコスモス」の先駆的存在。
◎ルーマニアのクリスマスの歌[1915]
(音友「バルトークピアノ作品集2」に収録)
複雑な拍子、ブルガリアのリズム、変わった音階、太古から伝承された
歌詞などが出現。
◎ルーマニア民俗舞曲[1915]
(音友「バルトークピアノ作品集1」に収録)
1910年と1912年にバルトーク自身が採集した7つのルーマニア舞曲に
基づく。
◎ソナチネ[1915](音友「バルトークピアノ作品集1」に収録)
1910〜14年に採集したルーマニア民俗舞曲が引用されている。
3つの楽章で構成。
◎ミクロコスモス T−Y[1926,1932-1939]
(ブージー&ホークス)
教育作品の集大成ともいえるシリーズ。
多彩な作曲技法のエッセンスを集約。 |
―― では、実際のレッスンにはどのように取り入れていけばよいでしょう。レベル別のおすすめ曲など教えていただけますか?
導入期であれば、「ミクロコスモス」の第一巻や「ピアノ初心者のために」、そして、両手弾きができるようなら「子供のために」や「10のやさしいピアノ小品」「ミクロコスモス」から始めるとよいと思います。さらに、ソナチネくらいになってくると、「ルーマニア民俗舞曲」「ルーマニアのクリスマスの歌」「ソナチネ」「子ども
のために」「ミクロコスモス」、あるいは「10のやさしいピアノ小品」の中のソナチネレベルの曲も使いますね。また、子どもの時にバルトークをやりそびれた大人の方も、これらのものを弾かれたりするといいと思います。また、「三つのチーク県の民謡」なども、ハンガリーの古い民謡が引用された美しい編曲で、非常に親しみやすい作品です。
そして、有名な「15のハンガリー農民歌」も、実はバルトークが教育目的で書いたものだそうです。これもテクニック的にはそれほど難しくないですね。そのほか「14のバガテル」「3つのブルレスク」「アレグロ・バルバロ」など、挙げるとキリがありませんが(笑)。そして、音大生くらいになると、「組曲」「戸外にて」「ピアノ
ソナタ」などもよいと思います。また、間もなく出版される「バルトークピアノ作品集B」(音友)に入っている「ハンガリー農民歌による即興曲」も、譜読みのとても難しい曲ですが、非常に深い内容を徹底的に音に表している、やりがいのある作品なので、是非挑戦してほしいと思います。
―― では、レッスンのポイントとは?
バルトーク作品は、どの曲もアクセントやスタッカート、小さなスラー、強弱記号、メトロノーム記号などが非常に細かく表記されています。それらは民俗音楽語法などを如実に表しているので、まず読譜を丁寧にすることが重要なポイントですね。
また、民謡が引用されているものについては、歌詞の内容を読んでみること、舞曲なら踊りの内容や伴奏楽器の種類を知ること、オリジナルな曲の場合はその曲がどういう形式でできていて、どんな性格を表しているかということを把握することが大切です。
一方、子どものための教育作品では、バルトークはまずはゆっくりでもいいから正確に、正しいリズムで弾いてほしいと願っていたようで、速い曲に対しては比較的遅めのメトロノーム速度を指定しています。
また、民俗的なリズムパターンなどについては、バルトークの自作自演のCDや、ゾルターン・コチシュなどハンガリーの優秀なピアニストによるバルトーク全集、あるいはオーケストラ作品などを聴いて、演奏法の特徴などを勉強した上で演奏するといいと思います。
また、読譜を丁寧にすることはとても大切ですが、あまり細部にとらわれすぎてしまうと、“達者”ではあるけれど、非常に硬い演奏になってつまらなくなってしまいがちなので、肩の力を抜いて、フレーズの横の流れも大切にしてほしいですね。バルトーク作品は民俗音楽がベースになっているものが多いですから、すごく生命力がありますし、純粋な感情がとことん音に込められています。それらをのびのびと、大きなスケールで演奏してほしいと思います。
★先生自身がバルトークに親しもう
―― 先生方にメッセージをお願いします。
そうですね…… バルトーク作品をこれまで勉強してこなかったという方も、今からでも遅くないですから、ぜひ親しんでほしいと思います。嬉しいこと、悲しいこと、馬鹿馬鹿しいことなど、人間のあらゆるシーンが表現されているこれらの教育作品は、大人が弾いても楽しいですし、表情豊かに表現するためにはさまざまなタッチが要求されるので、大人になってからでも技術力の向上が期待できます。私自身、レクチャーコンサートを重ねるようになって、バルトーク教育作品を徹底的に練習したお蔭で、すごく指の動きが細かく強靭になったんですね。リズムにしても従来の芸術音楽より強いですし、アクセントもあちこちに散りばめられているので、テクニック的にも得るものがたくさんあると思います。
また、ハンガリー人(マジャール人)は、実は私たちと同じアジア起源で、同じく5音音階を持つ民族なので、ハンガリー民謡は日本的な旋律と似ているものがかなりあるんです。そういったことからも、バルトーク作品は、その情報さえ揃えば、欧米人より日本人の方がむしろ親しみを感じやすいと思います。
(取材・文 LPO編集室)
◆プロフィール
桐朋学園大学ピアノ科卒業。ハンガリー政府奨学金を得て1989〜92年にリスト音楽院に留学。1991,92,2000,01,02年にハンガリーとイタリアでピアノリサイタルを開催。1996年より、夏期は毎年ハンガリー科学アカデミー・バルトーク資料館でバルトーク研究を続けている。音楽之友社「バルトーク ピアノ作品集1〜3」の校訂をはじめ、多数の執筆活動、バルトーク作品に関するレクチャーコンサートを精力的に行なっている。2003年は宮地楽器MUSIC
JOY新宿(TEL:03-3348-1122)にてバルトークピアノ教育作品に関する4回シリーズの講座を開催。ぴあのを田村明子、高柳朗子、ジュラ・キシュ、マリアン・アーブラハーム各氏に、バルトーク研究を末吉保雄、ラースロー・ショムファイ各氏に師事。鎌倉女子大学専任講師。 |