2001.12月 第33号
海外でもがんばってます!
「香港ピアノレッスン記」
荒井千裕
今年の夏のはじめ、LPOのホームページ「“LPO”CLUB」に
一通のメールが届きました。そのメールはなんと香港から。
「はじめまして。私は、香港で日本人子女を対象にピアノ教師を始めて約6年になります。…
中略 … ぜひ私のHPからリンクを張らせていただけないでしょうか。」
―― え、えええ? 香港!?
改めてインターネットが世界に向けて発信されていることを実感するとともに、LPOではこの先生にとっても興味を持ちました。
そこで、今回はメールでの取材に挑戦。異国ならではのレッス
ン事情、さまざまな試みについて、お話を伺いました。
☆香港のピアノレッスン事情とは?
―― まず、香港でピアノ教師をされるようになったきっかけを教えて下さい。
私が香港に来て8年、こちらでピアノを教えるようになって約6年になりますが、日本にいた頃はバンドのプレイヤーとして各地を回っていまして、ピアノ教師の経験はありませんでした。また、赴任当初は滞在予定が2年という短期間だったこともあり、ピアノ教師を始めても短い期間で生徒を手放さなければならないことが分かっていましたので、こちらで教えようとは思っていませんでした。
しかし、香港では当時からピアノ教師が少なく、私は自分のピアノを日本から持ってきていたこともあり、それを見た友人たちから「子どもにピアノを教えてほしい」と何度も頼まれました。先の理由から最初はお断りしていたのですが、その後、私の滞在予定が10年〜20年という単位で延び、お引き受けしようという気持ちになりました。
―― そちらではどういった方を対象に教えていらっしゃるのですか?
また、香港のピアノレッスン事情とは?
現在私が教えているのは、4才以上60歳までの約40人です。国際結婚のお子さん2人を除いて、ほぼ全員が日本人です。というわけで、香港という国自体のピアノレッスン事情については
よく分からない部分もあるのですが、日本のように誰でもピアノを習う、という感じではなく、住宅事情もあいまってヴァイオリンを習う人もかなり多いようです。ヴァイオリンの場合は、幼稚園、小学校で課外レッスンを受けられるところも多く、学校でオーケストラもありますので、7歳でオーケストラに入っている子どもも多いです。
ピアノについては、日本のヤマハ、カワイの音楽教室のように、ピアノメーカー提携の「トムリー」という楽器店、もう一つ、「パーソンズ」という楽器店主催の音楽教室のチェーンがあり、そこで習っている人が多いようです。そして、香港人の場合「資格をとること」をとても重要視していて、英国王立音楽院のグレードを取ることに熱中しているように感じます。先生が生徒募集の広告を出す場合も「英国王立音楽検定グレード○○を持って
います」と書かれています。
ただ、そのグレードを持っているからといって、実際の指導力には大きな疑問があります。「ショパンの『幻想即興曲』は教えられない」とか「ベートーヴェンのソナタは教えられない」という話は何度か聞いたことがありますので。
また、香港には大学自体が6校しかなく、音大はありません。ただ、香港芸術学院という、ほぼ大学のような専門学校があります。
それから、ピアノを始める年齢は早くて3歳、普通、4歳か5歳くらいからだと思います。私の生徒に限ってお話しますと、子どもたちのお稽古ごとは非常に多く、彼らはとても疲れています。女の子なら、ピアノ、バレエ、テニス、英会話、水泳に加え、人により、塾、カンフー、柔道など。男の子なら、ピアノ、サッカーかラグビー、水泳、テニス、英会話、柔道、塾、など。ピアノのレッスンの日に他のお稽古ごとと掛け持ちしているのは当たり前になってきていて、毎年レッスンの時間割を立てるのはとても大変です。「先生の空いているお時間に」などと言って下さる方はほとんどいなくなりました。みなさん「この曜日のこの時間しか来られません」と言い切られます(苦笑)。
そして、生徒さんの移動はとても激しく、毎年6〜10人が帰国や他の国へ移動になり、その人数分、すぐに新しい生徒を迎え入れることになります。
☆なかなか手に入らない日本の楽譜
―― 日本のメソードはそちらで手に入りますか?
トンプソン、バーナム、ハノン、ツェルニー、バスティンなどはこちらの楽器店でも入手できますが、英語版ですのでインターーナショナルスクールへ通っている生徒にしか使いません。楽譜自体、音符が小さく詰まっていて、日本人にはとても見にくいか
らです。ですから、同じ教材でも、日本人学校に通う生徒たちには日本語版を取り寄せています。
また、香港人の場合は先にも述べました「英国王立音楽院」の検定の教材をもとにレッスンを進めている場合が多く、それに合わせてトンプソンやバスティンを使っているのだと思います。ローカルの楽器店には、トンプソン、バスティン、リラ・フレッチャーのメソードはたくさんあります。
―― 香港でのレッスンで困っていることはありますか? 逆に、日本より恵まれていることとは?
困ること…… 日本の教材がなかなか手に入らないことですね。こちらには日本の書籍を扱っている日系の書店もありますが、楽譜はほとんどないため、注文して取り寄せることになります。そのため中身を見ることができず、注文したものは買わなければいけません。したがって、新しい楽譜はいつも「賭け」に近い気持ちでオーダーしています。また、取り寄せには最低でも3週間はかかり、その結果教材が使えないとなると、また新たに注文しなければならないので非常に時間がかかります。いつも生徒たちの行く末、先を見越して、早めに注文しなければなりません。
また、こちらでは生徒に対して指導者の数が足りないので、いつも何人もの方々にお待ちいただかなくてはいけないことは、ある意味では恵まれているとも言えますが、非常に心苦しいことです。
指導者が足りないということについて説明しますと、日本人の先生のほとんどはご主人の転勤でいらしているので、ご主人の赴任期間を終えると、当然ながら一緒に帰国されます。ほとんどの場合赴任期間は2〜5年のようで、生徒さんが香港に来たばかりでも、先生の方がすぐに移動されるケースがままあり、その結果、先生を失ってしまう生徒さんも非常に多いのです。
―― なるほど……。そのことをきっかけに、先生は現地のピアノ教師のネットワークづくりをされたんですよね。
☆“異国の地”だからこそ、先生も生徒もつながりを持とう!
はい、長い間お待たせする方々を一人でもなくしたい、帰国や転勤で移動される生徒さんたちが先生を失い、レッスンを続けることができなくなる状態を回避したい。そのためにはピアノ教師の横のつながりを持ちたい!
強くそう思いました。また、私のその思いに賛同してくださる日本のネットワーク
「PLN」=ピアノ・レスナーズ・ネットワーク
http://www.pianolessoners.net/
と出会い、その「香港支部」として、今年の春にネットワークを立ち上げました。
現在では、日本語ができる香港人の方もメンバーに加わり、主な活動として、一般の方への情報提供、転勤するメンバーの生徒さんの引き継ぎ、さらには教材のデータベース作りなどをしていますが、今後はさらにレッスン以外にも活動範囲を広げていけたらと思っています。
―― とおっしゃいますと?
いま考えているのは、香港に住む日本人指導者に限らず、こちらで活動するあらゆる国の音楽教育者・演奏家ともつながりを持ち、活動していくこと。生徒さんの中には、ピアノ以外の楽器や声楽・作曲、またジャズなどに興味を持つ人も多くいます。そんな時に、他のジャンルの方々ともつながりを持つことはお互い有益だと思うのです。
また、1年後、あるいは2年後になるかわかりませんが「音楽愛好家による子ども向けコンサート」も計画しています。「先生だって楽しんでるよ♪」というところを生徒にも見てもらいたいですしね。そういった時にも、さまざまなジャンルの方々と、ともに演奏する場を持ちたい、そしてそれを子どもたちに聴いて欲しいと思っています。
*PLN(=ピアノ・レスナーズ・ネットワーク)香港支部ホームページ
http://plnhk.sugoihp.com/
●プロフィール
国立音楽大学付属音校ピアノ科卒業、同大学教育音楽部中退。
以後、電子音楽バンドでシンセサイザー・プレイヤーとして活動。
結婚後、香港に移住。現在自宅にてピアノレッスンを行なう傍ら、現地の小学校でリコーダー・レッスンのアシスタントをしている。「PLN」(=ピアノ・レスナーズ・ネットワーク)香港支部代表。
《運営ホームページ「酒呑みの音楽の日々」》
http://beer.sugoihp.com/
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