2001.10月 第31号
LPOレポート
より自由な音楽表現を
めざして
―― 折山もと子「合奏技法講座」――
人々の音楽的嗜好が多様化している今、レッスンにおいても、先生自身があらゆる音楽に対応できる表現性を身につけ、柔軟な指導力を持つことは、これからとても大切になってくることは言うまでもありません。
しかし、実際はどうでしょうか。生徒ひとりひとりの「表現する心」を引き出したい、もっと音楽的内面に関わりたいと思いながらも、実際は楽譜を辿るだけの表層的なレッスンになってしまうことに、ジレンマを感じることも多いのでは?
今回ご紹介するのは、折山もと子先生主宰の「合奏技法講座」。“Tanno
method”という画期的なメソッドをもとに、より音楽表現・音楽指導のできる指導者・演奏者を育成すべく、現在東京と鹿児島で講座を開講されています。
●“Tanno method”とは?
まず“Tanno Method”の紹介を。このメソッドは、作曲家丹野修一氏によって編み出された、実に多彩な音楽要素を含んだ合奏技法です(詳しくは本紙16号「五感を呼び覚ます“Tanno
Music”の魅力」参照)。演奏者の音楽経験、技術を問わず、どんな人でもすぐ演奏に加わることができ、美しい音楽世界を体験することができることから、現在個人及び集団でのレッスン、あるいは精神/老人保健施設、教育機関などで活用されています。
丹野氏の音楽とは、まさに「簡素な技術でありながら、本格的な美的空間を表現しうる音楽」。演奏者それぞれはシンプルな音形を奏でていても、それらが紡ぎ合わされると、例えば水滴一粒一粒の水温、また外気の温度まで感じられるような、なんとも繊細で写実性あふれる空間が生まれるのです。また、技術的な負担が少ない一方で、「即興」を用い、演奏者の感性を研ぎ澄ませ、放出させることができるのも大きな特徴です。
これらの魅力が、コンサートやワークショップなどを通じて広まり、丹野氏の門下である折山先生によって、このメソッドの演奏者・指導者の育成を目指した合奏技法講座が本格的に行われるようになりました。
●まずは「感性」と「身体性」を目覚めさせる!
現在受講生は1期生から5期生まで約30名。ピアノの先生、学校の音楽の先生、また老人保健施設などの福祉や医療に携わる方など、職種も音楽経験もさまざまです。
通常の講座は各期生ごとに分かれて行なわれ、“Tanno Method”の曲の構造、構成の仕方、演奏技法を学ぶとともに、演奏者・指導者としての鋭い感性や身体性を高める実習も数多く行なわれます。それは、この合奏システムが「まず技法を身につける前に、音楽指導者を目指す人の感性を敏感にさせるというところから始めます。相手が何を要求して、何を求めているかということを、気配や感覚で感じ取れるようじゃないと、相手からは何も引き出せません(折山先生談)」という考えに基づき、展開されていくからです。
例えば、音のエネルギーや質を感じるための初歩かつ必須の実習の一例として。受講生4〜5人でそれぞれ楽器(例えばシンセサイザー)を使い、相手の発した音が強い/弱いによって、こちらへどのくらいの速度で落ちてくるのか、重力はどうなのか、また、それらを踏まえて自分はどのような音を次の人に渡せばよいのか、また、それを表現するためには…… など、受講生はあらゆる感覚、想像力を駆使して全身で「音」を感じ、表現します。このようにして、音楽のあらゆる要素を身につけながら、さまざまな音楽技法とそれを即時に実践できる指導法を学んでいきます。そこには決して受け身の姿勢はなく、必死で課題に取り組む姿勢のみがあるのです。
● 受講生の声
受講生のみなさんにお話を伺いました。
* Oさん
(東京1期生/50代。 都内在住のピアノの先生。学んだ技法を自らのレッスンにも取り入れる一方、「研修生」として、施設などでのセッションに参加。)
「今から10年以上前、丹野先生ご自身による講演を聞いたのがこの技法を知るきっかけでした。[音楽の本質を教えていただけるだろう]と直感し、現在に至っています。
それまで私はクラシック音楽の教育を受けてきて、そこでは「比較的できる」生徒ではありました。でも、ここではその経験はほとんど役に立たなかった。むしろ、それまでの「〜しなさい」「〜あるべき」というお題目が"鎧(よろい)"となって、新しいことに即応していけないもどかしさが常にあります。
そんな中でもこの技法を通じて、「音楽の本質」に次々と出会えました。人は自分を表現できることほど嬉しいことはありません。そのために開発して下さったこの技法を、今は一つでも身につけたいと思う毎日です。非常にレベルが高く、私にはとても困難なのですが……。また、丹野先生と折山先生は、現在も次々と新たな技法を開発していらっしゃいますが、そういう先生方と同じ時代にいられて、直接指導を受けることができ、とても幸せに思っています。」
* Iさん
(鹿児島1期生/30代。鹿児島県加世田市在住。中学校音楽教諭を経て、現在地元の精神保健施設にて、合奏技法を含む音楽セッションを行なっている。鹿児島での受講に加え、月2回上京し、更なる研鑽を積んでいる。)
「昨年3月、宮崎で丹野先生ご自身による講義を聞き、この技法に興味を持ちました。
この技法を学ぶ中で、音楽の多様性や深さを知れば知るほど「表現する」ということが生半可なものではないと言うことを実感しています。ましてや、人から表現性を引き出すためには、まず自分自身が感性を磨き、豊かな音楽性を身につけることが先だと気づきました。このメソッドでは、自分がどう感じ、どういう音を出したいのかを常に問われる緊張感があり、それは時として「自分自身に直面する瞬間」でもあります。一方、音楽というものがより身近になり、感じ取れることが日々増えていくことは、何よりの喜びです。
現在、自分の現場でもこの技法をもとに音楽指導を行なっていますが、先日デイケアのメンバーが300人の聴衆の前で演奏する機会がありました。たった1回の全体練習にもかかわらず、彼らは実にのびのびと演奏し、会場も一体となって、すごく盛り上がったんですよ! 今後も、自分自身のより自由な音楽表現を目指すとともに、指導者としても個々の自由な表現を引き出していけるよう、勉強を続けていきたいと思っています。」
* Mさん
(東京2期生/50代。岡山市在住のピアノの先生。現在、月2回の東京での講義に参加する一方、実際のレッスンおよび発表会においてこの技法の実践を行っている。)
「現在『原風景音旅行』(“Tanno Method”唯一のピアノ・アンサンブル曲集。人間と歴史社刊)などを使い、このメソッドをレッスンや発表会に取り入れています。レッスンでは主に生徒同士のアンサンブルに使っていますが、練習しないですぐアンサンブルができ、必ずしも楽譜通りに弾く必要がないので、生徒の個性・力に合った演奏が可能です。また、各パートは生徒同士でローテーションを組んで練習しますので、生徒は常に全員の音に気を配ります。その結果、集中力がつき、協力して曲をつくり上げる達成感も得ているようです。
私自身、このメソッドを学んでいると、自らの内面がどんどん引き出され、それまで意識しなかった「自分」が解放されていくのを感じるのですが、一方、学校教育の荒廃、児童虐待など、さまざまなストレスを抱える今の子どもたちにとっても非常に有効なメソッドだと思います。子どもですら本音で暮らすことが難しい現在、このアンサンブルを通して生徒たちの「ほんとうの自分」を引き出し、伸ばしていけたらと思っています。
●集中講座でさらに技法を学ぶ
また、合奏技法講座は年に1回、8月に2日間の夏季集中講座も行なっています。
今年の集中講座のテーマは、メソッドにおいて演奏上もっとも基本的な「3motion」という技法について。一日目は、この技法について、またそれらを生かすための曲の構成法を実際の楽曲を通して学んでいきました。
そして二日目の午前中は「コンサート」と題し、前日に学んだことを踏まえ、各期生ごとに演奏を披露。開講して3ヶ月、体当たりで演奏に臨む5期生、1年が経ち、だんだんと自由な表現が紡ぎ出されてきた4期生、すでに「研修生」として実際の合奏現場で活躍する人も多く、高度な演奏に挑戦する1〜3期生。それぞれ熱演が繰り広げられました。
さらに午後は、「研究会」として、ピアノレッスン、学校での合奏、グループセッションなどにおいて実際にメソッドを使って指導をしている人たちが、レジュメと音源持参で研究の成果を発表。各発表者とも、それぞれの立場で工夫を凝らした研究内容が発表されました。それに対し、折山先生は的確なアドヴァイスを具体例とともに提示。そして、集中講座は先生のこんな言葉で締めくくられました。
「本来の音楽表現とは、個人の感性、感情、イメージなどを、全身を駆使して表現することです。そのためには、指導者は「こうあるべき」という固定観念にとらわれては駄目です。本当の意味でリアルな表現を引き出すには、相手のニーズに合わせた音楽構造や技術の提供と、何より魅力的な音楽効果が必要なのです。」
(取材・文 LPO編集室)
※“Tanno method”ホームページ
http://www.synapse.ne.jp/hni |