2001.5月 第26号
手話でいつもの歌をもっと楽しく!
伊藤嘉子
激動の20世紀が終わり、コンピュータの進化とともに21世紀が始まりました。この混沌とした時代において、今を生きる子どもたちをはじめ、いろいろな方々への「生きる力」を呼び起こす一端として、現在「手話でうたおう」運動を全国に広めて歩いております。
●「手話表現」とは?
現在、手話表現は主に次の分野で活用されています。
T)聴覚に障害がある人のために、手話を使ってテレビ やラジオのニュース等を伝えたり、相手とのコミュニ ケーションを図る福祉の分野
U)好きな歌やうたいたい歌を、より表情豊かにうたうた めに、手話とともに表現する文化的な分野
前者は皆さんもよくご存知の通り、日常会話をしたり、テレビやラジオ、講演等の言葉を通訳する方法で、時にはかなり高度なテクニックを要したり、手話通訳者としてのライセンスを必要としたりします。
しかし、後者の手話表現は、いろいろなジャンルの歌を一人で、あるいはコーラスやグループで歌詞を手話表現しながら歌うというものです。この方法は、今まであまり手話に関心のなかった人でも、やさしい童謡、あるいは小さなひとつの言葉から手話表現することにより、意外に簡単にできることがわかります。
●「手話」で子どもたちの歌が変わった!
実は私自身も、7年前までは手話に関してまったく関心がありませんでした。
しかし、手話を歌に取り入れるきっかけとなったのは、勤務校の付属幼稚園長を兼務することになり、子どもたちとの音楽あそびを考えていた時のことです。
今までやってきた指あそびや手あそびと同じような感覚で手話を取り入れて歌ってみたところ、驚くほど喜んでうたっている子どもたちの姿を目にしたのです。このことから、これからの子どもたちと仲よく歌をうたうにはこれだ! と考えました。
以来、園内でうたう歌には、できるだけ歌詞に手話をつけたり、手話表現の難しいところは物まねやパントマイムのような表現をつけてみました。すると子どもたちは、どんな時でも怒鳴り声で歌ったりすることなく、きれいな声でどんどん歌うようになりました。
●「手話でうたう」ことと、その利点とは?
「手話で歌う」ことの利点には、次のようなことが挙げられます。
◆歌詞の意味がより深く理解できる
ただ歌声を出すのではなく、体全体、顔の表情を使っ
てうたいますので、その歌詞の意味を深く理解するこ
とができます。
◆リズム感がよくなる
歌のメロディやリズムに合わせて手や指を動かします
ので、知らず知らずのうちにリズム感が身につきま
す。
◆実際の「手話」が早く習得できる
歌に出てくる歌詞を手話表現しているうちに、言葉の
意味が理解できるようになり、すぐに小さな会話をす
ることができるようになります。また、たくさんの歌をう
たうほど多くの手話表現がマスターできます。
◆表現や想像力を育てる
手話でうたうことは、なによりも「心から」「心を込めて」
表現することが大事です。そうした表現力が身につく
とともに、人と人との心の交流が暖かくめばえ育ちま
す。
◆音楽療法として活用できる
歌に合わせて手や指を動かすことは、大脳の働きを
促し、心身ともに健康な体を作る助けをします。
●ピアノレッスンの現場でも
こうした「手話でうたう」ことの利点は、ピアノレッスンの現場でも充分に発揮されます。
私自身、ピアノレスナーでもあり、レッスンに来る子どもたちとは必ず一曲は手話で歌うようにしております。
ピアノを弾く前であれば心が落ち着き、ゆとりのある弾き方になるのですから不思議。保育園や幼稚園児は、「こんにちはー。おねがいします」の次に「今日はね、あたし「さんぽ」の歌がうたいたいの。」と言い、前奏を弾き始めると急いでレッスンカバンを机の上に置き、3番まで見事手話で歌い終えると、満足した顔でニコッと笑い、「ありがとうございました。」と頭を下げ、さっさとレッスンカバンを持って玄関へ……。「ちょっ、ちょっと待って〜ェ!」と追いかけていく有様です。
また、中学生のお嬢さんも、「今、期末テスト中なんです。家にいても落ち着いて勉強に身が入らないので、先生の顔を見にきました。」「そう、いつも試験っていやだもんね、じゃあ1曲歌いましょうか?」ということになり、彼女が気に入っている「Believe」を一緒に手話で歌い、「あ〜、やっぱり来てよかった、なんだか胸のつっかえが取れたみたいにスッキリした。明日のテスト頑張れそう。また来週来ます。ありがとうございました。」と笑顔で帰っていきます。
毎回歌だけ歌って帰られるのは、レスナーとしては寂しいですが、なんと皆さん次回には必ずピアノが前回より上達しているのは私の気のせいでしょうか。
●「手話」で心の交流を
そして、今注目を集めている「音楽療法」といわれる分野においても、手話は活用されているようです。
以前、アメリカワシントン州にあるパノラマシティという高齢者ばかりが住んでいる町へ行き、その高齢者施設にうかがったことがあるのですが、そこにはフラダンス教室があり、皆さんとっても楽しそうに踊っていました。
指導されている先生は「これは手話に似ています。心のセラピーです。いつもこのようにこの教室は満員です。あなたも一緒に踊って下さい」といわれ、つい時間の立つのも忘れ、見よう見まねで汗を流しました。一方私の方も、「私も日本で、手話で小さな子どもから高齢者の方々と歌っています。」と言って「夕焼け小焼け」「ふるさと」など歌いますと、言葉の意味は分からなくても、皆さん笑顔で私と同じように手が動いていたのにはとても感動を覚えました。
指先が自由に動かなくても、知的障害があっても、昔うたった曲や、聴いたことのある曲など身近に感じ、介護者と一緒にうたったり、手を動かすことができれば、その人の心のケアとして立派な音楽療法の一端となりましょう。
●まずは簡単な歌からはじめてみよう!
このように、「手話でうたう」ことは、障害の有無、老若男女を問わず、誰もが手軽に楽しむことができるものです。難しく考えないで、まずは簡単な歌から「手話でうたう」ことを挨拶がわりに取り入れてみてはいかがでしょうか。
●プロフィール
愛知学芸大学(現愛知教育大学)音楽科卒。
岡崎女子短期大学教授として幼児教育の最先端で学生や幼児に接している。付属幼稚園の園長を兼務した経験から、手話によるメッセージソングを開拓し、各地で講習会を多数開いている。全国大学音楽教育学会専務理事・中部地区大学音楽教育学会名誉会長。
●著 書
「なつかしいメロディーを手話でうたおう」
(ドレミ楽譜出版社)
「手話によるメッセージソング 1・2」
「手話によるクリスマスソング」
「子どもとつくる劇あそび“ドラムジカ”」
(音楽之友社)ほか多数。
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