2000.10月 第19号
楽譜ひとつでこんなに変わる
− 生徒一人一人に合った楽譜選び −
宮本満栄
ピアノレッスンを行なっていく上で、「教材選び」は欠かせないもの。また、月々出版される教本・曲集はかなりの数に上り、その中から生徒それぞれに合った一冊を見つけていくのは本当に大変なことですよね。
この度、ヤマハ仙台店にて「生徒一人一人のための楽譜選び」をテーマにセミナーが開かれるとのことで、同店様のご協力のもと、早速取材に伺いました。
今回の講師は、福岡・北九州市のご自宅にて、子どもから大人、そしてピアノの先生を対象としてピアノ教室を展開される一方、自らもジャズピアニストとして演奏活動を行なっていらっしゃる、宮本満栄先生です。
まず先生に、教材選びをされるようになったきっかけからお尋ねしました。
宮本(以下「M」)
ピアノを教えるようになって今年で25年になりますが、当時は主に大人の生徒さんを教えていました。
当時「大人のピアノ」人口というのは非常に少なかったこともあり、生徒さん一人一人の要求に応えられるものはなかなか見つかりませんでした。その結果、必然的にいろいろな楽譜を研究し、一人一人に合うものを選ぶようになったんです。
この「一人一人に合った教材選び」という考え方は、子どもに教材を与える場合にも同じなんですね。子どもも一人一人、個性も能力も好みも違うわけで、当然教材もそれぞれに合ったものを選ばなければいけないはず―― そのことに気づいた時からいろんな教材を選ぶようになりました。
今回の講座では、現在流通している教本・教材を「クラシックに進みやすいもの」「ポピュラーに進めるもの」などの『教材の目的別分類』、また、「5才から始める女の子/男の子」「練習をしなくなった子」「大人の初心者」など、『対象別でのカリキュラム』をそれぞれ紹介。紹介した楽譜の数はなんと60点以上。
―― 今回の「対象に応じた教材の組み合わせ方の提案」はとても新鮮でしたが、これを思いつかれたきっかけは?
M.
私の教室には、いわゆるピアノの先生もレッスンに来ているんですが、会話の中で必ず出てくるのが「こういう生徒がいるんですが、どういう教材を選べばいいでしょうか?」「(教材が)ここまで進んだんですが行き詰まってしまいました。次はどんな教材を使ったらいいでしょうか?」という質問です。
現在、ピアノテキストは飽和状態で、その中からベストの一冊を選び出すというのは、実はとても大変なことです。また、テキストというのはある程度時間をかけて使ってみないと結論を導き出すことはできませんので、途中軌道修正するということがなかなかできません。このような状況にあって、例えば生徒がブルグミュラー、ツェルニー、ソナチネに進めない場合、またクラシックに興味を示さない場合、ピアノ教師はどう対応していけばいいのか――。それに対し、何らかの一提案ができればと思ったんです。今回私が講座の中で紹介したものは、あくまで私個人の経験に基づいたもので、決してこれがベストというわけではありませんが、一つの目安として参考にして頂ければと思っています。
―― やはり、生徒にとって「弾けない」教材を与えられることほど辛いことはないですよね。いくら練習をしても弾けないという場合、ピアノ自体がイヤになってしまう。でも、それは果たしてその子の素質の問題なのか、それとも教材が合っていないのか……。
M.
確かに、ピアノに向いてない、素質のない子も実際にいます。でも、人の2倍くらい練習して、それでも上手くならない子というのは本当はいないと思うんですね。上手にならない子というのは、相対的に見て練習していないというのが現実問題(笑)。ただ、その理由が、素質がなくて練習してもだめなのか、環境が悪くて練習ができない状況にあるのか、意志が弱くて練習ができないのか、いろいろな要素があると思うので、そこを把握して教える側が把握して、教材を選ぶなり指導法を考えていかないと、結果としてはやはりマイナスの条件を持っている子ほど、やめてしまったり、途中で嫌になってしまうようです。
また、今回の講座では《ポップス系の教材だけによるカリキュラム例》という斬新な提案も。
―― 今の生徒はクラシックだけではなく、ポピュラーが好きな子もいますよね。そういう生徒に対してのカリキュラム作りというのは、これから必要になってくるんでしょうね。
M.
そうですね、それにはまず、先生ご自身がピアノという楽器の楽しみ方をもっと追求していくことが大切だと思います。
ピアノの先生はピアノをソロ楽器として、ソロこそを一つの芸術作品として捉える傾向にあると思うんですが、私のようにジャズをやってきた人間は、アンサンブルの中でピアノがどう生きてくるのか、またそこで自分がどう弾いて楽しむのかということをまず考えますし、決してピアノをソロだけの楽器として見ないんですね。
ある時はボサノバの伴奏のように、ピアノを打楽器、リズム楽器として使い、その時は完全に伴奏に回ってしまいますけど、それでもリズムの楽しさというのは充分に味わえます。今クラシックを教えていらっしゃる先生方には、ピアノのそういう面にもこれから少しずつ目を向けて頂いて、アンサンブル、連弾…… そういう楽しさを子どもたちに伝えていってほしいと思います。
また、ポピュラーピアノの場合は、現在一般的な見方として、いわゆるクラシックよりも簡単なもの、レベルの低いものとしてとらえられる傾向にあることは否定できないと思います。
でも、ポピュラーピアノにも歴史はありますし、ジャズにしても、百余年の歴史がある。これらも、それぞれも歴史の中でいろいろ変遷し、発展していっているひとつの音楽のあり方なんです。その変遷を知っていないと、ただ表面上の音符だけを拾っていっても、その裏に隠れているリズムや、そのリズムにどうノリを感じて弾いていくかということはなかなかできない、とても奥深いものなんですよ。
―― 最後に、今後のピアノレッスンのあり方について、お考えをお聞かせ下さい。
M.
もはや『キレイ事』を言っていられる状況ではなくなり、実際生徒が集まらない、やめていくというこの状況下、「今の子どもたちは忙しいから」「子どもが少ないから」という理由をつけてその状況に甘んじるのではなく、やはりそこから早く自分が変わらなければ、と動いていかないといけないと思うんです。
私の教室に来ている生徒たちは、ジャズもクラシックも両方弾くんですが、卒業していった子がこんな手紙をくれたんです。「先生、みんなの前で演奏する楽しさと音楽を表現する楽しさを教えてくれてありがとう。」って。
私は、何よりも生徒がピアノが好きになって、その子の中にピアノがどれくらいの位置を占めるようになったかということが価値のあることだと思ってます。もちろん失敗してしまった子もいますけど、決して上手にならなくても、最後に教室を卒業して行く時、「ピアノ好き?」という私の問いに、その子が「うん!」と答えてくれれば、私は全ての責任を果たしたと言えると思います。
もちろん、音大を目指したいとかコンクールに出たいとか、生徒さんにもいろんな希望はありますから、一概に言えないことではありますけれど。
―― (しばし感動して)うーん、いかに子どもがピアノを、音楽を好きになれるか、その一言に尽きる気がしますね。
M.
そうですね、それには、まず先生自身がピアノを好きでなくてはいけないし、先生方が弾く姿を子どもに見せることだと思います。1人の人間が一つの技術を身につけたときに、どういう強さがあるのか、どういう喜びがあるのか。
私の教室に通ってくる子どもたちも、私がライヴで演奏する姿を見て、やっぱり端的に「カッコイイ」って言いますし。それでいいんです。それは生徒が私を認めてくれたということですから。
今や生徒に認められる先生にならないと、生徒もなかなかついてはこない。それにはもちろんレッスンについて勉強することも必要ですが、何より先生ご自身が音楽を楽しむことが大切なのではないでしょうか。
「北九州にスゴイ先生がいる」というウワサはかねがね耳にしていましたが、実際の宮本先生は、笑顔のステキな、とてもキュートな先生でした。講座は先生の軽妙な語り口により、実にテンポよく展開され、あっという間に2時間が経ち、終了後は、紹介された楽譜を熱心に眺める受講された先生方の姿が印象的でした。
今回、誌面の都合でカリキュラム例を載せられなかったのがとても残念なのですが、このセミナー、今後全国にて開催される予定です!
今後の予定は、本紙ホームページ「LPO CLUB」にも随時掲載しますので、お近くで開催される際には、ぜひお出かけ下さいね!
●プロフィール
北九州大学文学部国文学科卒。
ヤマハ音楽教室にてポピュラーピアノ、ジャズピアノを指導するかたわら自己のトリオを結成し、ジャズピアニストとして地元を中心にコンサート活動を続ける。1992年にオリジナル組曲「ALASKA」を自主制作でリリース。
現在はフリーのレスナーとして、初心者からプロまでの指導にあたっている。
●著書
「ポピュラー・ピアノ8小節の練習曲集1・2」
(ドレミ楽譜出版社)
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