2000.6月 第15号


認められたい、
受け容れられたい子どもたち

澁谷明子

●「幼くなった」?

Q.今、「子どもが変わった」ということが各方面で論じられてい
  ますが、先生ご自身はこの15年の小学校の現場で何かお
  感じになっていらっしゃることはありますか?

A.私は音楽専科教師なので、これまで主に4・5・6年生を教え  てきましたが、一言で言えば「幼くなった」。 他人を思いやる
  とか、こういう場合はどうだ、と客観性を持つ力が落ちてきて
  いると感じています。
  精神面ではまだすごく幼いままなのに、身体だけ成長してし
  まってコントロールが利かない。今、それゆえの「衝突」がす
  ごくあるような気がしています。

Q.最近いわゆるTeenagerがものすごい事件を次々と起こし
  てますよね。それらの事件を見ていると、人を傷つける痛み
  が分からない、対人関係へのリアリティのなさをすごく強く感
  じるのですが。

A.それが今、一番育っていない部分だと思います。人と関わっ
  た経験が非常に少ないままで来ていると思います。まず第
  一に、習い事が一杯で、遊ぶ時間が非常に少ないということ
  もありますし。
  でもそれだけじゃなくて、社会の責任もあると思うんですよ。
  危ないからこの遊びはやめましょう、手が汚れるから砂遊び
  はやめましょう、とか、遊びを通じて子どもが学べる機会が
  減ってきている。例えば今、幼稚園や保育園では、ブランコ
  が危ないという理由でだんだん少なくなっているらしいんで
  す。園としては注意していても起きてしまう事故を未然に防
  ぎたいということがあるんでしょう。でも、ブランコ遊びを通じ
  て身につけられる身体機能もありますよね。それから、順番
  を守って遊ぶルールを学ぶとか。そういうことを経験できる
  場が少なくなってきています。
  それと同じように、昔は例えば友達とケンカをしても、その中
  で学び合えたし、地域社会もそれを大らかに受け容れる余
  裕があったと思うんです。でも今は、ケンカをすると当人同
  士の問題では済まなくて、親同士の問題になってしまうことも
  増えてきている。また、幼稚園・保育園で何かあると、それこ
  そ責任問題になってしまうから、大人もそういうことは未然に
  防ごうとしてしまう。その結果、じゃれ合ったり、身体を動か
  して遊ぶという経験がすごく少なくて大きくなっている。する
  と、ちょっと自分が不満に思ったり、怒りを感じたときに、例
  えばそこにグラスがあったら、それこそ凶器になるんですけ
  ど、何も考えないで相手の頭をポカリ、とかやってしまう。
  また、自分の身体を守る力の低下も感じます。例えば今、小
  学校では顔から転んじゃう子が増えているんです。転んで顔
  を打つ前に手を出せない。だから顔に怪我したり、歯が折れ
  ちゃったりする子が出てくる。
  そういう意味で、小学校では今、低学年を教えることが年々
  大変になってきているそうです。基本的な生活習慣や対人
  関係など、入学前に当然身につけているだろうというところ
  が崩れてきている状態。先生方はそこから教えていかなくて
  はいけない。

Q.それは具体的には?

A.もうほんとに基本的なこと。「食べてきてない」とか「寝てな
  い」とか。でも、そこが崩れていると、いろんな場面で影響が
  あります。例えば45分の授業で座っていられない子がいた
  り、「○○をしましょう」と言っても、「イヤだ、やりたくない」と
  か、「これキライ」と言う。あと疲れて床に寝そべっちゃったり
  とか。そうなると、先生ももう格闘ですよね。それを何とか育
  てて、中・高学年に送ってきて下さっている。でも、それは本
  来ならば親御さんが家庭でしつけて下さる部分だと思うんで
  すが……。

Q.でも、そういうことって、ただ単に「勉強ができる」っていう尺
  度では測れないですよね。

A.そう、いわゆる「勉強」の部分とそれ以外の部分がすごくアン
  バランス。ゲームなんかも、助長している部分がすごくあると
  思うんですよ。バーチャルな世界の中ではいろいろな経験を
  してますけど、それと実際の経験とはまったく違う。テレビゲ
  ームでは、殴られてもその痛みを感じることはないし、画面
  を切ってもう一回リセットすれば、死んだはずの人間がまた
  生き返る。現実はそうじゃないのに。

●認められたい、受け容れられたい子どもたち

A.今の子どもたちを見ていると、一人一人は決して悪い子じゃ
  ないんです。みんなすごくいい子。ただ、どの子も「自分を認
  めてもらいたい」「愛してもらいたい」という気持ちはひしひし
  と感じます。今、各方面で問題となっていることは、そんな気
  持ちの裏返しになっている気がすごくします。
  それはもしかすると、家庭で小さいときにお父さん、お母さん
  から受けたかった愛情なのかも知れない。それが満たされ
  ないままで、思春期に入った時に改めて大人に対して突き
  つけてくる。「何で自分を認めてくれないんだ、認めてほしい
  んだ」って、いろんな事件を起こしたりする。
  彼らは自分に向き合ってくれる人を探しているんです。それ
  は本来親なんでしょうけど、彼らはそれを親にぶつけられな
  い。それでも学校ではやる。それはどうしてなんだろうと思う
  んですが、意識の下に「親に捨てられるかもしれない」という
  不安感がどこかにあるような気がします。
  昔の親は、自分の身を犠牲にしてでも子どもを育てる、とい
  う気概があったような気がします。でも今は、私自身の反省
  も含めてですが、親は自分自身のことを大切にしていますよ
  ね。その結果、例えば両親の「離婚」という痛みを経験して
  いる子も増えてきている。
  そういう中で「今度何かあったらお母さんに捨てられてしまう
  かも」―― どこかでそういう危機感、寂しさがあって、甘え
  たいんだけど、お母さんには嫌われたくないから、愛してほ
  しいから、親の前ではいい子にしている。でも、そうすると一
  方ですごくストレスが溜まるわけですよね。それが学校です
  べて放出される(笑)。
  子どもも辛いんだと思うんですよ。そういう中で子どもたち一
  人一人と向き合っていくというのは、今の40対1(子ども40
  人に対し先生1人)という学校教育システムではとても対応し
  きれないのが現状です。

Q.確かに、 人分の勉強を教え、クラブ活動もあり、なおかつ
  人間育成もやって…… というのは、1人の先生ではどだい
  無理な話ですよね。

●一対一になれるピアノレッスンのよさ      

A.ならば、ほんとにもっと大人のいろんな人たち、もちろん最
  初は親が核になると思いますが、みんなが関わって育てると
  いうことが必要だと思います。以前は大家族の中で、それぞ
  れに役割があって、お父さんからは怒られちゃったけど、他
  に救いがあったりとか。そういう中で、いろんな物の見方が
  あって、子どもは社会規範を自然に身につけていくのではな
  いでしょうか。
  今、学校の制度として、小学校では1人の先生がひとつの学
  校にとどまっていられるのは最大8年。8年を過ぎると他の
  学校に移らなくてはいけないんです。ということは、子どもに
  とっては自分の成長をずっと見つづけてくれる先生がいない
  ということなんです。卒業して、あの先生に会いたいなぁと思
  って遊びに行っても、その先生が異動してしまっている、とい
  うことがままある。そのピアノの先生は違う。それこそ、その
  子たちが成人するまでをごく近い場所で見守っていける。
  また、子どもというのは自分のことだけを見ていてほしいん
  ですね。40分の1ではなく、1分の1でありたいんです。そう
  いう意味で、個人レッスンの時間というのは自分の全部を見
  てもらえる。学校でも親の前でも出せないありのままの自分
  を受け止めてもらえる先生に出会えたら、ピアノのテクニック
  だけじゃなくて、人生のいろんなことが学べるんじゃないかと
  思います。
  また、音楽ということで言えば、ピアノのおけいこをやめてし
  まったんだ、と話してくれた子がいるんですが、やめた理由
  を尋ねてみると、「指の練習ばかりでつまんないから」って
  (笑)。「でも、自分で弾きたい曲はまた弾いてみたいんだ」と
  も言うんです。その弾きたい曲を尋ねると、SPEEDやモー
  ニング娘。の曲だったりするんですが(笑)。
  生涯に渡ってピアノに親しんでいくことを考えると、もちろん
  きれいな音で、いいタッチで、指がきちんと思うように動い
  て、ということは大事なことですが、ある程度子どもの「やっ
  てみたいな」っていう気持ちに合わせてあげることも時には
  必要じゃないかと思います。自分に寄り添ってほしい、自分
  のやりたいことを認めてほしい……そういう気持ちに対し
  て、何ができるか。そういったことも、これからのピアノレッス
  ンには求められると思うんです。単にピアノの技術や音楽の
  知識を伝授するだけではなく、音楽を通じて子どもを「人間と
  して」育てていくという視点が重要なポイントになると思いま
  す。   
  

●プロフィール

東京学芸大学音楽教育科卒業、同大学院修士課程修了。
学部在籍中に、文部省派遣留学生としてオーストリア国立モーツァルテウム音楽大学ならびにザルツブルグ大学の音楽療法コース(2年)を修了。
昭和61年より、東京都で小学校音楽専科教諭。現在に至る。



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