2000.1月 第10号


ピアノレッスン新時代
〜これからのピアノレッスンは、生徒の“音楽的自立”を目指すレッスンを!〜

江口寿子

●ピアノをやめる

 ピアノの先生が集まって最初に話題にのぼるのは、「生徒が集まらなくて困っている」という話です。
 ある日のピアノの先生の会でも、こんな会話が交わされました。
「生徒が集まらなくて困っていますが、みなさんのところはどうですか?」
「ダメですね。二〇年くらい前は断るのに困るほどきたのに……」
「子どもが少ないから、しかたがないんでしょうか?」
 一人の先生が大きくうなづきながら、自分自身をも慰めるようにいいました。
「しかたないと思います。私は、もうとっくにあきらめてしまいました。幼稚園が閉園になったり、小学校が統合される少子化≠フ時代ですからね」
 先生たちがその発言に納得しかけたとき、もう一人の先生が別の問題を投げかけました。
「おまけに、いまの子どもは、すぐレッスンをやめちゃうんですよね。教えがい≠ェありません」
「そこなんですよ。がまんが足りないんですよ。ほんとにしまつが悪いです」
「とにかく飽きっぽいですね。ピアノをはじめるときはすごく嬉しそうだったのに、すぐに飽きちゃって、こんどはやめる、やめる……、 根性がないですね」
「親の躾も悪いんじゃないですか? 最近の若いお母さんは、自分が飽きっぽくって、躾なんかできやしないんですよ」 これまで黙ってきいていた一人の先生も、吐きすてるようにいいました。
「つき合いきれませんね!」
 この日も、ピアノの先生たちの話し合いは、解決策を見い出すことができませんでした。

●誰が悪いのか

 私はよく、若いピアノの先生から、こんな質問をされます。
「よい先生になりたいのですが、どうしたらよい先生になれるでしょうか?」
 むずかしい質問のように思えますが、私はすぐにこう答えます。
「何かうまくいかないことが起こったときに、生徒のせいにする先生は、よい先生になれません。自分のせいにする先生は、よい先生になれますよ!」
 うまくいかない原因を生徒のせいにすれば、先生は気持ちが楽です。めんどくさければ、すべてを生徒のせいにしてしまいましょう。
 でも、これでは、一〇〇年ピアノの先生をやっていても、よい先生にはなれないのです。
 よい先生になるためには、すべて自分が悪いという心で自分の指導を反省し、新しい指導法を研究し、よりよい指導に変えていかなければなりません。
 ピアノの先生はいま、深刻な生徒不足に悩まされています。一人の先生が教えている生徒の平均人数は、都心では数人くらいでしかありません。
 日本は、ピアノを習う子どもの多さも世界一なら、習ったのにすぐやめてしまう子どもの多さも世界一だそうです。
 どうしてでしょうか。
 子どもたちがすぐピアノをやめてしまうのは、がまんが足りないからだ、飽きっぽいからだ、根性がないからだ、しまいには親の躾ができていないからだ、と嘆いている先生たち……。
 でも、悪いのは子どもたちではないのです。悪いのは先生たちです。
 子どもたちがつづけたくなるようなレッスンや、楽しいレッスンを先生が実現すれば、生徒は集まってくるし、すぐにレッスンをやめてはいかないのです。
 これまでずっと子どもたちに責任転嫁してきたツケが、いままさに回ってきてしまっただけなのです。

●三つのT

 私はみなさんに、「いまのピアノレッスンには三つのT≠ェある」とお話ししています。
「つまらない(Tumaranai)のT」「つらい(Turai)のT」「つづかない(Tuzukanai)のT」の、三つのT≠ナす。
 いまのピアノレッスンは子どもたちにとって、つまらなくて、辛いものでしかないのです。そのため、すぐやめたくなってしまい、つづかないのです。
 ただし、子どもたちがきらいなのは、ピアノそのものではありません。ピアノレッスンがきらいなだけなのです。
 では、なぜピアノレッスンは、子どもたちからきらわれるのでしょうか。
 いまのピアノレッスンが子どもたちからきらわれるのは、ピアノレッスンの中では、人間らしく生きている≠ニいう実感が感じられないからです。
 人間は誰しも、自立したい、自分を発揮したい、という本能をもっています。特に、成長期の子どもは、その願望を強くもっています。
 その願望を満たしてやることができるレッスンでなければ、つまらないし、辛いだけなので、子どもたちはどんどん逃げていきます。
 子どもたちが求めているレッスンは、子どもが主体性をもって、イキイキと、ピアノと関わっていけるレッスンです。つまり、「音楽的自立」をめざしているレッスンです。
 「音楽的自立」という言葉は、きき慣れない言葉です。なぜなら、これまでのピアノレッスンでは、「音楽的自立」などということは、ほとんど考えられたことがなかったからです。
 「音楽的自立」とは、いったいどんな意味を持つ言葉なのでしょうか。

●新時代は「音楽的自立」をめざす

 「音楽的自立」とは、自分以外の人や物にたよらずに、自分一人で音楽と関わることができるようになることです。
 「音楽的自立」には、三種類の自立があります。
 一つめの自立は、「お母さんからの自立」です。お母さんの手助けなしに、レッスンを自分一人で理解し、自分一人で練習し、自分の力だけで進めていけるようになることです。
 二つめの自立は、「先生からの自立」です。先生がついていなくても、自分一人で弾きたい曲を探し、楽譜を読み、練習の方法を考え、上手に弾けるようになり、自分なりの音楽を表現できるようになることです。
 そのためには先生が、形だけを教えるのではなく、考え方を教えなければなりません。そして、一曲を教えることによって、その曲と同じような一〇〇曲が弾けるような教え方をしましょう。
三つめの自立は、「楽譜からの自立」です。楽譜がなくても耳できいただけで弾きたい曲が弾けるようになったり、自分で作曲ができるようになることです。  
 これまでのピアノレッスンは、楽譜なしには何も弾けない人をつくってきました。楽譜があればむずかしい曲でも弾けるのに、楽譜がなければやさしいメロディーにさえ伴奏がつけられません。作曲などは、夢のまた夢の話です。
 これからは、過去の指導法にとらわれることなく、真実のレッスンを探していこうではありませんか。
 そのためには、まず先生が、ゼロから勉強する必要があります。自分が子どものときに受けたレッスンを、そのまま何の工夫もなしに切り売り≠キるレッスンは、これからは許されません。
 新しいテキストを研究し、新しい指導法を身につけましょう。やり慣れたことを捨てるときには、勇気が要ります。新しいことを取り入れるためには、さらに勇気が要ります。
 先生のレッスンが変われば、子どもたちも変わります。ピアノや音楽が大好きな子どもたちが、すくすく育ちます。
ピアノレッスン新時代≠迎えられるかどうかのキャスティングボートは、まさに先生の手の中に、つまり、あなたの手の中にあるのです。


●プロフィール
 国立音楽大学ピアノ科卒。絶対音感プログラムの創始者。ピアノ指導のかたわら、ピアノ教育、音感教育、音楽心理学、児童心理学を研究。
「一音会ミュージックスクール(現生徒数2000人)」をつくり、こどもたちを指導。ピアノ教師の研究サークル「子どもの音楽を考える会(現会員数1000人)」をつくる。ビデオによる通信教育「PLAS(受講者数8000人)」を行っている。
●著 書
「おんぷの学校」「ピアノの学校」「はじめましてピアノ」「音が光にな
った」「ひとりでピアノが弾けた」(全音)「イメージ聴音ワークブック」「リズムワークブック」(共同)ほか多数。

         



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