2006.6月 第87号
全音楽譜出版社
イタリアの日常会話から学ぶ
これで納得!
よくわかる音楽用語のはなし
(関 孝弘/ラーゴ・マリアンジェラ 共書 税込定価1995円)
関 孝弘

皆さんは「ソヌテヌート」と「テヌート」の違い、あるいは「レント」「アダージョ」「ラルゴ」の違い、さらに「アンダンテ」の本当の意味をご存知ですか? イタリア生活も26年になり、現在も日本とヨーロッパを往復する生活です。イタリアでの生活が始まって以来、日本の音楽用語には不思議がいっぱいでした。本書は長年のイタリア生活で感じた様々なことを、70の音楽用語を取り上げながら、イタリア人の妻と一緒にまとめ上げた一冊です。
音楽用語は、そのほとんどがイタリア語で表記されています。
それには、楽譜が印刷技術の発展とともに市場に出回り始めた17〜18世紀のヨーロッパでは、音楽に限らず文化全般にわたりイタリアが中心的存在だったという歴史的背景があります。「音楽用語」「楽語」というと専門的で難しそうに思われますが、実は日常会話で話されている生きたイタリア語が使われているのです。
もちろん、音楽に取り込まれたイタリア語の中には、本来の意味とは微妙に変化してしまったものもあります。しかし、本来の意味を知っていれば、なぜそのように解釈されるようになったかが理解でき、よりニュアンスを深められる訳です。
楽譜に書かれている音楽用語の意味を知りたい時、皆さんは音楽辞典をひもときますね。それは当然のことです。しかし、そこに大きな問題が潜んでいるのです。というのは、いわゆる「辞典」では、それぞれの言葉の意味が無味乾燥な一言で定義されてしまっているからです。これは、たいへん恐ろしいことだと思います。
元来、言葉にはいろいろな意味合いが含まれていて、とても一言で言い尽くすことはできないものです。そこを理解しないと、音楽の根幹に関わる大切なニュアンスを切り捨てることになり、意味のない物理的な表現となってしまう恐れがあります。
冒頭で示しましたような様々な疑問に答えられる人は皆無に近いのではないでしょうか。
イタリア語では、「アッレーグロ」は「速い」という意味ではありません。ですからイタリアで急いでいる時に、タクシーの運ちゃんに「アッレーグロ!」と言っても全く通じません。
テヌートとソヌテヌート、辞典ではどちらも「音を保持して」とあり、まるで同義語のようですが、そこには全く逆の意味合いが潜んでいます。ここで細かく説明はできませんが、「上から下」「下から上」と言った具合に、そのニュアンスは全く逆なのです。
アンダンテも日本では「歩く速さで」と定義されており、それ以外の答えはバツになってしまいますね。しかし、本家イタリアでは誰も「歩く速さ」と感じている人はいないのです。アンダンテは動詞「アンダーレ」から生まれています。それは英語で言う「Go」、すなわち「進む」「行く」という意味合いの言葉なのですが、なぜか「歩く速さ」と定義されています。
その他、スタッカート、フェルマータなど、日本ではかなり違うイメージで定義されてしまった「音楽用語」が流布しています。これは、演奏に最も大事なイメージの根幹に大きく関わる事柄なのではないでしょうか。皆さんの演奏も真の楽語の意味が解れば大きく変わるのではないかと思います。いかがですか?
関 孝弘(せき・たかひろ)
ピアニスト。東京芸術大学、同大学院を修了。1979年よりイタリアに留学。在学中から数々の国際コンクールに上位入賞、各国のフェスティバルに招聘される。ワルシャワ・フィル、モスクワ交響楽団、旧レニングラード・フィルなどにもソリストとして迎えられている。昨年まで東京芸術大学の講師を務めつつも、日本とイタリアの往復生活が続く。ヨーロッパの演奏活動も多く、イタリアをベースに幅広く活躍している。イタリアのピアノ音楽を日本に知らしめている功績は多大であり、今まで、チマローザ、ガルッピ、レスピーギ、ロータ、ショパン遺作集などを発表。CDも数多くリリースされている。イタリアでの国際コンクールの審査員も務めている。現在イタリア音楽協会理事。 |