2001.9月 第30号
全音楽譜出版社
§いろんなナゾがとけて曲の中味がみえてくる
「演奏の手引き」シリーズ
中村菊子
シューマンの[子供の情景]の第4曲'おねだりするこども'はなぜ主和音でなく属七和音で終わっているのかしら? 思わず「誰かが教えてくれたらなぁ……」と独り言。作曲家の意図や時代の背景、曲の内容などを解説した本があったらさぞかし便利でしょう。が、実はそんな目的で書かれた一連の
『演奏の手引き』(全音楽譜出版社)があるのです。
それでは『演奏の手引き』とはどんな内容なのか、ここに一部を引用してみます。
[ドビュッシー・プレリュード 第1巻 演奏の手引き]より
'とだえたセレナード'…… この曲は変ロ短調に調性を置いているかのように見えます。しかし、この曲は実際には旋法様式――F、G♭、A♭、B♭、C、D♭、E♭、F――と言う「ファ」の音に主音を移したフィリギア旋法に基づいているのです。そして…… 1〜4小節は、この曲の調性の中心であるFとG♭の2音を用いて、セレナードを弾く前にギターの弦を合わせている前奏の部分です。……
[ドビュッシー・プレリュード 第2巻 演奏の手引き]より
'花火'…… 85〜87小節はクライマックスです。…… 右手は黒鍵の上、左手は白鍵の上の最後の激しい滝のようなグリッサンドでこの魅惑的な作品のフィナーレを準備します。…… 88〜89小節はこの曲の始まりの回想です。…… 最後の(花火の)爆発の後にフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のエコーが静まっていく煙の中に聞こえてきます。…… 再び起こる短い"間奏句"のエコーに対し、対位的に「ラ・マルセイエーズ」がどこか遠くの方で歌われている情景は自由への賛歌であり、この美しい作品を効果的にしめくくっています。……
[ショパン・ノクターン 演奏の手引き]より
'ノクターン 嬰ハ短調 遺作'……左手にデュープレットの伴奏型がついたこの遺作は、ショパンの姉ルドヴィカに捧げられたものです。ショパンは彼女に"レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ"という演奏指示のついた題名のない自筆譜を送りました。ルドヴィカはその作品の性格から'ノクターン'と名付けました。…… これはショパンが自分自身で彼の[ピアノ協奏曲 へ短調]と[歌曲]'乙女の願い'を引用している唯一の作品です。
この他にもシューマンの[子供の情景 Op.15]や、ブラームスの[性格作品 Opp.10、76、79、116、117、118、119]の分析と演奏上の注意が書かれた『演奏の手引き』にも出ていますが、この度[モーツァルト・ピアノソナタ 形式の分析による演奏の手引き]が出ました。
この『手引き』は'モーツァルト・ピアノソナタ'全曲と'幻想曲 ハ短調'の形式を分析したものです。
第1章はモーツァルトの生涯のあらましと、全ソナタがそれに平行して記されています。
第2章は古典期のソナタに含まれるすべての形式――2部形式、3部形式、ソナタ形式、ソナタ・ロンド形式、各種のロンド形式、主題と変奏曲――の仕組みが一目で分かるように図解と言葉で説明されています。
第3章は本の主要部分で18曲のソナタの全楽章と'幻想曲 ハ短調'の分析です。
ジュリアードではこのような学習を"ピアノ・リトラチュアー"と呼び、学生は演奏の原点として、曲の土台となるあらゆる裏付けを学びます。
一連の『演奏の手引き』が少しでも皆さまのお役に立てたら大変うれしく思います。
●中村菊子
慶応義塾大学経済学部卒業。ジュリアード音楽院大学院卒業。フロリダ州立大学ピアノ科教授、全米音楽指導者協会のボードウィン・コンクールのニューヨーク州チェアマンを経て'89年に帰国。音楽関係の出版物、CD−ROM、ミュージックデータなどの多数リリースする。 |