2001.6月 第27号

音楽之友社

ウルマス・シサスク
「星の組曲」
〜キラキラ光る夜空のお星さま

第1組曲 カシオペア座
第2組曲 ベツレヘムの星カペラ



舘野 泉

  こどものための「星の組曲〜キラキラ光る夜空のお星さま(音楽之友社)の作曲者ウルマス・シサスクは1960年、バルト海に面したエストニアに生まれました。優れた合唱の伝統を持つこの国の首都タリンは中世から文化都市として栄え、いまだに古都の面影を豊かに残しています。第二次世界大戦中はナチス・ドイツに選挙され、大戦後はソヴィエト連邦に組み込まれるなど、苦難の歴史を経てきましたが、現在は共和国として独立。欧州連合の一員となる日も近いようです。
 フィンランドの首都ヘルシンキからタリンまでは、高速艇でわずか一時間半。距離的には青森から函館ぐらいではないでしょうか。フィンランド、エストニア両民族のルーツはともにフィン・ウグル語系で、周辺のスラヴ、スカンディナヴィア、ゲルマン、アングロ・サクソンなどとは、全く異なった言語を話します。
 数年前にヘルシンキのレコード店で、シサスクのピアノ組曲「銀河巡礼」のCDを見つけました。水がめ、琴、オリオン、海蛇、ペルセウスなど、北天の29の星座を各章のタイトルとし、更にそれらの星座から引き起こされた夢、幸福、凝固、永遠、瞑想などのイメージが副題としてついています。未知の作曲家の、しかも演奏時間50分を超す大曲でしたが、透明な音空間に、神秘性、原初的な爆発力、緊張感、豊かなドラマ性を込めながら、しかも全体を支配する調和と静寂の息を潜めるような美しさが見事で、一気に聞いてしまいました。翌日、楽譜を求めて読んでみると、壮大な全体像を形成するひとつひとつの曲は、純化された極めて単純な音型から発し、徐々に形を変え、重なり合い、次第に複雑に織り成されていくのです。そこには、小さく単純なものから大宇宙が形成されていく姿が、手に取るように見えました。
 シサスクは、天体観測を趣味とした祖母の導きで、幼い時から星の世界に魅入られていました。現在ヤネダにある彼の仕事場は《星の塔―ヤネダ音楽観測所》と名づけられ、そこで天体望遠鏡と鉛筆、消しゴムの助けを借りて、作曲に没頭しているのだそうです。彼のピアノ曲は全て天空に関係したもので、前述の「銀河巡礼―北天」に続く「南天」、ソナタ「天の川」、ソナタ「アンドロメダ」、そして「黄道十二宮」などがあります。1987年、彼は惑星の自転周期から星の周波数、音の周波数を計算し、惑星のハーモニーを論理的に引き出したそうです。その後、銀河と星の理論上の数から、宇宙全体の音のテクスチャーを導き出しており、またカトリックに傾倒することによって、現世と来世の徳への興味を深めたといわれています。
 昨年の春、ヘルシンキの筆者宅でエストニアのチェリスト、アッラリ・カーシク氏と会いました。氏が音楽監督をしているダヴィッド・オイストラフ音楽祭(エストニア・パルヌ市)と、私が監督を務めるオウルンサロ音楽祭の提携の話し合いでしたが、席上話しがシサスクのことに及ぶと、カーシク氏は「舘野さん、私は彼の最も美しいピアノ曲の譜を持っています。それは、彼が14才の時に書いたものなんです」といい、数日後に楽譜を送ってくれました。それが第一組曲「カシオペア星座」で、その20年後に書かれた第二組曲「ベツレヘムの星カペラ」とあわせて、この度日本での刊行が実現しました。技術的にはやさしいものですが、音楽的純度は非常に高く、子供向けの作品にありがちな作為や媚び、へつらいが全くないので、広い年齢層の心を捉えるものですし、誰もが想像の翼を広大な星の空間に自由に羽ばたかせられ両名大らかさがあります。私自身は、谷川俊太郎さんに書いていただいた星にちなむ詩を、岸田今日子さんの朗読で演奏しています。それはCD「ぞうのババール」(サクランボ―ATCO-1025)に収められているので、この作品演奏の一つのあり方として参考にしてください。シサスク自身も、好きな詩や絵、映像とあわせてコンサートで演奏するそうです。皆さんにも、そのような楽しみをお勧めしたいと思います。

●舘野 泉 プロフィール

1936年東京生まれ。60年東京芸術大学を首席で卒業し、64年よりヘルシンキに在住。68年メシアン・コンクール第2位。74年第4回福山賞受賞。76年フィンランド大統領より獅子第一等騎士勲章を授与され、81年以降は、フィンランド政府の終身芸術家給与を受けて演奏活動に専念している。96年7月、日本と諸外国との友好親善への貢献に対し、外務大臣表彰受賞。リリースされたCD・LPは100枚に及び、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ショパンなどのソナタの円熟し深い詩情に溢れた演奏は世界各地で高い評価を得ている。エッセイ集「星にとどく樹〜世界を旅するピアニスト」(求龍堂)。
 今秋、演奏活動40周年記念のリサイタルが、東京・札幌・仙台・大阪・福岡にて開催される。



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