1999.5月 第2号

全音「なぜ、今ギロックなのか」

伊藤仁美

  ピアノが憧れの楽器という時代は過ぎ去り、最も身近な楽器の一つとなってきた今日でも、ピアノを弾くことで自分のイメージやメッセージを表現できる人は、決して多くありません。その上、音楽を奏でる楽しさや面白さを知る前にほとんどの人がやめてしまうのは、日本人の感覚として、芸ごとには本人が持って生まれた才能と、技術の習得にかける長い長い年月と、忍耐力がまず必要だと考えてしまうからでしょうか。
 技術的な負担が少なくても音楽のすばらしい曲はないものか…… こんなジレンマに救いの手を差し伸べてくれたのが、ギロックの作品でした。譜読みの楽な段階の曲でも、とても美しいメロディやハーモニーの響きを使って、情景や心情を描き易く書かれたものが多いので、習い始めた子どもだけでなく、大人になるまでずっと続けてきた人にも、とても人気があるようです。
 ところで、先日私どもが主宰するギロック協会で、ギロックのCDを制作することになり、その演奏者を選ぶオーディションの募集をしたところ、就学前、小学校低学年、高学年、中学生以上年齢制限なし、の四つの部門のうち、一番多かったのが中学生以上で、成人でいろいろな職業に就いていらしたり、主婦という人も結構ありました。これは、ギロックの作品が、大人の感性にも満足感を与えてくれるという証でもあると思います。それぞれが、精一杯想いを込めて演奏されており、熱いものを感じました。
 人間は、年を経るごとにいろいろな体験を通して表現できる中身が充実してくるものです。その時になってピアノを弾く習慣から離れてしまったことを後悔する人も多いのですが、ギロックのピアノ曲に出会ってもう一度ピアノに向かう人が増えてきたのも確かです。
 けれどもひとつ残念なことは、どんなに想いが入っていても、西洋音楽の語法に合っていないと、間違った文法で書かれた文章のように、今ひとつ訴える力がないということです。鍵盤楽曲の歴史は古く、今日莫大な作品が出版されていますが、それらを音符の約束事だけで演奏することは至難の技です。それを解決してくれたのも、ギロックの作品でした。『Majors and minors, Black keys, 』の二十四曲は、全調で書かれているだけでなく、いろいろな時代の音楽の様式観をきちんと表現できる表記がしてあるので、鍵盤楽曲を学ぶ素材にはとてもありがたい曲です。おまけに、普通の音階だけでなく、半音階、全音音階、ペンタトニック、ジプシー音階、スコットランド音階などが使われており、民族音楽や、ジャズ、シャンソンまで取り入れてあるので、多彩な音楽の響きを受け入れる柔軟な耳を育ててくれるでしょう。
 最後に、ピアノ教育には、いい教材を使うことはとても大切な要素ですが、教える側がいつも向上心を持って学ぶ姿勢を示すことが必要だと思います。そして、ひとりひとりの個性と向き合いながら、その人の能力に合わせて進めるピアノ教育は、オートクチュールのように手間のかかるものですが、人と人のふれあいからすばらしい音楽を作り上げるよろこびを忘れないようにしたいものです。


●伊藤仁美
 桐朋学園大学音楽学部ピアノ科卒。1992年、93年に渡米し、ギロック氏に師事。全国各地でトークコンサートなどの演奏活動を行なう傍ら、TV、FM放送や公開講座、コンクール審査など幅広く活躍している。ギロック協会主宰、芸術協会会員。
 また、フォンテックより「Majors&Minors」を含む「ピアノ作品集」と「叙情小曲集」、ビクターより「はじめてのギロック&発表会のための小品集」「こどものためのアルバム」ほか多数をそれぞれCDにてリリースしている。



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